JRRCマガジンNo.386 最新著作権裁判例解説23

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JRRCマガジン No.386    2024/9/19
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※マガジンは読者登録の方と契約者、関係者の方にお送りしています

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◆今回の内容
【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説
【2】最終回【10/2開催】官公庁向け著作権セミナー開催のご案内
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皆さま、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

本日9月19日は「苗字の日」
明治3年9月19日、戸籍整理のため太政官布告平民苗字許可令が発令されことにちなんで記念日が制定されたそうです。

さて今回は濱口先生の最新の著作権関係裁判例の解説です。

濱口先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/hamaguchi/

◆◇◆━【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説━━━
最新著作権裁判例解説(その23)
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               横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 濱口太久未

 まだまだ暑い日が続いておりますが、今回は、大阪地判令和6年7月2日(令和5年(ワ)第5412号)〔キャニスター事件〕を取り上げます。

<事件の概要>
 本件は、原告(木工製品を制作販売する個人事業主)が、被告各作品を制作・販売等する被告ら(被告P2は、広島市所在の被告店舗を運営し同店で販売する商品の選択やイベントの企画を行う者であり、被告P3は、広島市においてハンドクラフトインテリアやキッチンアイテムのアトリエを営む個人事業主)の行為は、原告の著作権(複製権又は翻案権、譲渡権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害するとして、被告らに対し、①著作権法112条1項に基づき、被告各作品の制作等の差止めを、②同条2項に基づき、被告各製品の廃棄を、③共同不法行為に基づき、損害賠償金500万円及び不法行為後の各訴状送達の日の翌日(令和5年7月23日)から支払済みまでの民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案です。
 本件に係る前提事実として、本判決では以下の諸点が挙げられています。
・原告は、平成30年頃からP10と称するストレートガラスカップに木製の蓋を付した保存容器(キャニスター)の制作、販売を開始し、以後、改良を重ね、令和2年、「原告各作品」を制作・販売し、自己のインスタグラムに掲載した。
 令和2年 1 月21日、「P6のP2」と称する者が、メールで、原告に対し、原告がインスタグラムで紹介している作品の取引を申し込んだが、原告はこれを断った。
・被告P3は、遅くとも令和4年7月24日から被告各作品を制作し、自己のインスタグラムに掲載した。
 被告P2は、同年10月22日、被告店舗で被告各作品の展示会を開催し、以後、同店舗やオンラインサイトにおいて被告各作品を販売し、自己のインスタグラムに被告各作品を掲載した。
・原告は、令和4年10月21日、被告P3に対し、被告各作品が原告各作品と同じデザインであるとして、その販売中止を求めたが、同被告は、これに応じず、自己のインスタグラムから原告のアカウントをブロックする措置を講じた。
 原告は、令和5年1月ころ、被告店舗を訪れ、被告各作品の販売の中止を求め、以後、被告P2に対し、メールで複数回にわたり、被告各作品の販売の中止を求めた。
被告らは、現在も、被告各作品の制作、販売を続けている。

<判旨>
 原告の請求を棄却。
「「著作物」(法2条1項1号)とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」であり、「美術の著作物」には美術工芸品が含まれる(同条2項)ところ、美術鑑賞の対象となり得るものであって、思想又は感情を創作的に表現したものであれば、美術の著作物に含まれると解されるから、同項は、美術工芸品が美術の著作物として保護されることを例示したものと解される。
一方、応用美術(実用に供されることを目的とした作品であって、専ら美術鑑賞を目的とする純粋美術とはいえないもの)のうち、美術工芸品以外の量産品について、(意匠法による保護はさておき)美術鑑賞の対象となり得るというだけで一律に美術の著作物として保護されることになると、実用的な物品の形状等の利用を過度に制約し、将来の創作活動を阻害することになり、妥当でない。そこで、応用美術のうち、美術工芸品以外の量産品であっても、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できる場合には、美術の著作物に当たると解するのが相当である。
原告各作品は、コーヒー豆等を収納するガラス製の保存容器(キャニスター)であるから(争いなし)、実用目的を有する量産品であるといえる。原告各作品が、保存容器という実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているか否かについてみると、原告各作品は、ストレートガラスカップと木製の蓋から構成されており、ストレートガラスカップに装飾のある木製の蓋を組み合わせること自体はアイデアであるところ、前者(ストレートガラスカップ部分)には、保存容器として必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性が備わっているとは認められない(原告もこの部分について、創作的表現が備わっている旨の主張はしていない。)。
また、後者(木製の蓋部分)は、先端側から順に略球形、円盤型、円錐型からなる3段から構成され、各段の境目はくびれの構成となっているところ、このような構成は持ち運びや内容物の収納、ストレートガラスカップに対する蓋の着脱を容易するために必要な構成であるから、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているとはいえない。
また、仮に、保存容器(キャニスター)の実用目的を達成するために、その蓋部分の構成をフィニアル状にする必然性はないとして部分的には実用目的を達成するために必要とはいえない構成が含まれると解するとしても、略球形、円盤型及び円錐型を組み合わせていくつかの段を構成し、各段の境目がくびれている木製の装飾は、骨董品に用いられるなど、かなり前から家具等で広く用いられていたこと・・・、原告がP10を制作する以前の平成25年時点において、略球形や円盤の形状のいくつかの段が設けられ、各段の境目がくびれている木製の蓋が細いガラス瓶に接着された作品・・・が存在していたことなどの事情も踏まえると、原告各作品の上記蓋部分の構成はありふれたものであって、美術鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的な表現を備えているとはいえない。
したがって、原告各作品は、創作性がなく、著作物であると認めることはできない。」

<解説>
 応用美術に対する著作権保護の在り方については、本解説(その8)で取り上げたところであり、その来歴等については同解説を再度ご参照いただくとして、今回の解説では応用美術に係る本件事案に対する裁判所の具体的な説示に注目した内容をお届けいたします。
 本件で対象となった原被告両作品については、判決別紙をご覧ください。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/232/093232_hanrei.pdf
 さて、今回の判決においても、近時の裁判例の動向に沿う形で、応用美術 につき、美術工芸品に係る第2条第2項は例示規定と解されるものであること、美術工芸品以外の量産品に対する著作権保護の判断基準については分離鑑賞可能性説に立つものであることが示されています。その際、美的特性との分離対象についてはその事案に応じて微妙に異なるフレーズが用いられることがありますが(本解説(その8)参照 https://jrrc.or.jp/no324/ )、今回の判決における「実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して(、美術鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できる場合には、美術の著作物に当たると解するのが相当)」 と判示されている部分については、我が国における分離鑑賞可能性説の端緒となったファッションショーに係る知財高裁判決(注1)における文言と基本的に同様の言い回しがなされており、従来の分離鑑賞可能性説の原点を踏まえて判断しようとする態度が看取されるところです(尤も、より厳密には後述を参照)。
 次に本件における具体的な当て嵌めの説示については、まず導入的に、原告各作品がコーヒー豆等を収納する保存容器という実用目的を有する量産品であることが認定されており、その上で当該保存容器たるキャニスターにおいてその実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して美的鑑賞の対象となり得る美的特性を具備しているか否かについての判断がなされています。
その際、判決においては「原告各作品は、ストレートガラスカップと木製の蓋から構成されており、ストレートガラスカップに装飾のある木製の蓋を組み合わせること自体はアイデアである」とした上でストレートガラスカップ部分と木製の蓋部分とに分けてその各々について分離鑑賞可能性の有無を探っているのですが、態々上記「アイデアである」旨の説示がなされているのは原告各作品の著作物性について原告が「蓋付きの保存容器(キャニスター)ではあるが従来品と異なり、円柱型のストレートガラスカップに同カップの4分の1ないし2分の1の高さのチェスの駒を彷彿とさせるフィニアルと称する装飾が施された木製の蓋が組み合されているとの特徴を有している」旨の主張を行ったことへの裁判所としての回答をしたものと考えられるものであり、その実質的な意味合いは、原告各作品の著作物性はその全体では認められず、当該作品の各構成部分について分析的に行うべきものであるとした点にある(或いはとどまる)ものと解されます。
そして、原告各作品のうちストレートガラスカップの部分については原告もその創作的表現が備わっている旨の主張はしていないことから、原告各作品の著作物性の有無は専ら木製の蓋部分に着目して行うことになり、ここにおいて当該部分に係る分離鑑賞可能性の有無が判断されるということになります。
 原告各作品は、意匠的にみれば、意匠登録要件たる新規性や創作非容易性(意匠法第3条第1項各号、同条第2項)等と意匠の定義規定とが法律上別々に規定されていることもあり、作品全体として物品の意匠該当性(意匠法第2条第1項)があるものと解されますが(注2)、著作権法の視点からすると、著作物の定義規定との関係上、その著作物性を判断するに当たって原告各作品の表現上の特徴である木製の蓋部分に着目することは妥当なものであり、また、応用美術の点でも美的鑑賞の対象となり得るのは当該蓋部分であるので、この部分についての分離鑑賞可能性が今回の判決において検討されている点は妥当なところと思われます。
 このような分析的な検討手法は、既存の裁判例では、タコの滑り台事件に関する知財高裁判決(注4)で行われていたものであり、この事件においてはタコを模した形状の滑り台のうち、頭部の中でもさらに天蓋の部分については「・・・スライダーが接続された開口部の上部に,これを覆うように配置された略半球状の天蓋部分については,利用者の落下を防止するなどの滑り台としての実用目的を達成するために必要な構成とまではいえない」としてこの滑り台の実用目的を達成するために必要な機能に係る構成からの分離可能性が認められたところであって、応用美術の著作物性に関して分離鑑賞可能性説を採用する理由の説示や、その判断基準となる文言、さらに同じ立体物における分離可能性の判断するための検討手法の諸点からすると、今回の判決は直接的にはこのタコの滑り台事件に関する知財高裁判決を下敷きに・参照して判断されたものであると解されます。
 そのような点からすると、今回の事件においては、当に判決で述べられている通り、本件木製の蓋部分において①その実用目的を達成するために必要とされる機能に係る構成から分離される部分があるのかどうか、②さらに分離可能であるとして分離された部分について美的鑑賞の対象となり得る美的特性があるといえるのかどうかを検討することになります。
 実際の判決では、①の段階で否定の結論となり、その上で②の点はこれを充足するとの仮定法的前提の下でも分離把握可能な部分に係る表現上の創作性が否定されることにより、結局のところ本件蓋の著作物性は認められなかったのですが、今回の判決がこのような二段構成の論法を採用したのは、抑々①の点につき、木製の蓋部分の実用目的をどのように捉えるかによって変わってきうる点だと思われるものです。即ち、特許めいた話になりますが、蓋部分の実用目的が保存容器を閉じることにあると考えるのであれば、その場合の実用目的上必要な機能に係る構成は最下段ということになり、逆にその実用目的上必要な機能に係る構成と分離される部分となるのは、今回の判決では明示されてはいませんが、上部の2段がこれに該当することになると思われます。他方で、その実用目的が今回の判決の通りに「持ち運びや内容物の収納、ストレートガラスカップに対する蓋の着脱を容易にする」点にあると解するならば、3段全体が実用目的上必要な機能に係る構成に該当するということになりましょう。
 前出のタコの滑り台事件に関する知財高裁判決に沿って分離把握の可能性について分析的な考え方を徹底していくと、分離可能性があるとするのが自然なようにも見えるところであり、今回の判決が一義的にはその考え方に与せず分離可能性が否定しているのはタコの滑り台事件との対比的文脈においてはやや違和感が生ずるのですが、この点については本件蓋における上部2段の具体的形状の影響があるのではないかと感じられるところです。即ち、本件原告作品における木製の蓋部分については、チェスの駒を彷彿とさせるフィニアルであるという原告主張のように、それなりに装飾的な形状となっており、タコの滑り台における天蓋のように一見して表現上の創作性が認められないとは直ちには言いにくいのではないかと思われるところです。
 応用美術に対する著作物性の認定については、裁判例の全般的傾向として、否定されるケースが多いのが実情(注5)ですが、これについては、実用品たる応用美術に対する著作権法上長期間の保護を与えることを立法措置ではなく現行法の解釈論において幅広く認めることには限界があると指摘されている点(注6)が影響を及ぼしていると考えられるところ、そのような観点からすると、本件蓋に係る分離可能性と(分離可能とした場合の分離される部分における)表現上の創作性とについてはいずれも論者によって見解が種々分かれるかなり微妙なケースであったと考えられる中で、裁判所としては本件蓋の実用目的を相対的に広めにとって分離可能性を消極に解するとともに、仮に当該実用目的を達成するために必要な機能に係る構成から分離される部分があったとしても当該部分の表現上の創作性については被告側の主張を踏まえてありふれた表現であるとして本件蓋の著作物性を否定したものと思われます。
 その意味では、応用美術に対する著作権保護の有り様に関して、今回の裁判体としては分離鑑賞可能性説によっても基本的に慎重な立場を採っていることが垣間見えた判決であるように見えるところですが、私見としては、蓋一般について考えてみると、容疑の密閉度を高めることとの関係上、蓋に取っ手部分を付すことは通常考えられるものであり、本件蓋の場合も、その実用目的を達成するために必要な機能に係る構成は3段全体がこれに該当するものと考えてよいものと解するところであって、その点で本件蓋の美術の著作物性については否定されるべきものと解する次第です。読者の皆様におかれても様々な見解がありうると考えられますので、実用品たる応用美術に対して著作権法の守備範囲が抑々どの程度にまで認められるべきかという点を含めて吟味いただければと思います。今回は以上といたします。

(注1)知財高判平成26年8月28日判時2238号91頁
(注2)部分意匠の点はもちろん別論である。
(注3)例えば、仙台高判平成14年7月9日判時1813号145頁〔ファービー人形事件〕
(注4)知財高判令和3年12月8日(令和3年(ネ)第10044号)
(注5)最近の論考として、田村善之「応用美術の著作物性」髙部真紀子=森義之代表編『切り拓く ―知財法の未来― 三村量一先生古稀記念論集』495頁以下
(注6)設樂隆一「応用美術についての一考察 -知財高裁ファッションショー事件を契機として」中山信弘編『知的財産・コンピュータと法 野村豊弘先生古稀記念論文集』275頁以下

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【2】最終回【10/2開催】官公庁向け著作権セミナー開催のご案内
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日本複製権センターは主に官公庁の方を対象とした「官公庁向け著作権セミナー」を開催してまいりましたが、今回が最終回となります。第8回のテーマは『新聞等の著作権保護と著作物の適法利用』です。
著作権のより一層の保護を図るために、著作権の基礎知識の普及と複製を行う際に必要となる契約についてご案内させていただきます。
また、一般的な著作権(初級レベル)についての解説や著作物の正しい利用方法についてより詳しくご説明いたします。
なお、本セミナーは官公庁の方に限らずどなた様でもご参加いただけますので、多くの皆様のご応募をお待ちしております。

~開催要項~
日 時 :2024年10月2日(水) 14:00~16:00
会 場 :オンライン (Zoom)
参加費 :無料
主 催 :公益社団法人日本複製権センター
参加協力:西日本新聞社/佐賀新聞社/長崎新聞社/熊本日日新聞社/大分合同新聞社/宮崎日日新聞社/南日本新聞社/沖縄タイムス社/琉球新報社 

~申込受付期間~
2024年9月5日12:00 ~ 10月2日15:30
当選につき1機器での受講となります。複数機器で受講希望される方は、それぞれお申込みください。

お申込サイト→https://jrrc.or.jp/seminar/

~プログラム~
・トピックス1 新聞等の著作権保護と著作物の適法利用
・トピックス2 人が作る新聞 ~取材から宅配・配信まで 記事が読者に届く過程~
・トピックス3 新聞記事を巡る著作権侵害の事例
・トピックス4 著作物の複製利用の許諾取得について

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