JRRCマガジンNo.384 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)29 実演家に対する法的保護

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JRRCマガジン  No.384 2024/9/5
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)
【2】最終回【10/2開催】官公庁向け著作権セミナー開催のご案内
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皆さま、こんにちは。

今日9月5日は「国民栄誉賞の日」
1977(昭和52)年9月3日にプロ野球ホームラン数756号の世界最高記録(当時)を打ち立てた王貞治氏が日本初となる国民栄誉賞を受賞したことにちなみ記念日が制定されたそうです。

さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についてです。

今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/

◆◇◆【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
Chapter29. 実演家に対する法的保護
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                              明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也

1.はじめに

日本の著作権法において、実演家には著作隣接権等の権利が与えられています。イギリスでも実演家の権利は保護されていますが、その法的保護は、長い歴史と複雑な発展過程を経て現在の形に至っています。

その長い歴史の話はさておき、イギリスにおける実演家の権利に大きな変革をもたらしたのは、1988年に制定された著作権・意匠・特許法(CDPA、イギリス著作権法)です。この法律の「第2部」において、実演家に一定の権利が与えられました。この1988年法の制定時に創設された権利は、その後に創設される「財産権」と比較して、実演家の「非財産権」と呼ばれます。

1988年の著作権法制定後、EU指令、具体的には1992年EU(EC)貸与権指令に対応するため、1996年著作権及び関連権規則により、実演家の「財産権」としての「複製権」(182A条)、「頒布権」(182B条)、「貸与権(レンタル権)」と「貸出権(レンディング権)」(182C条)といった権利が創設されました。そのほか、2003年著作権及び関連権規則により、実演家の利用可能化権(182CA条)が導入されました。

実演家の「財産権」と「非財産権」の主な違いは、その沿革自体が違うという点もありますが、法的性質としては、財産権が譲渡可能であるのに対し、非財産権については、生前は譲渡できないという点です。ただし、非財産権も死後は遺言による指定で移転することが可能です。

また、非財産権については、追加的損害賠償(191J条第2項)や不当利得(利益の計算、191I条第2項)などの救済ができないという点でも相違があります。これらは実演家の「財産権」の侵害については利用可能な救済方法です。

さらに、2006年には実演家の人格権として「氏名表示権」と「同一性保持権」が導入されました。1996年WIPO実演・レコード条約に対応するためでした。もっとも同一性保持権を有するのは、生の放送における実演と、録音された実演の実演家に限られています。

2.実演家の権利―財産権と非財産権、報酬請求権

以上に述べましたとおり、現在のイギリス著作権法には、実演家の権利として「財産権」と「非財産権」に分類される権利に関する規定が存在します。

実演家の財産権には、複製権(182A条)、頒布権(182B条)、貸与権・貸出権(182C条)、利用可能化権(182CA条)が含まれます。

一方、非財産権には生実演の録音・録画および放送に関する権利(182条)、無許諾で作成された録音・録画物の利用に関する権利(183条)、違法録音・録画物の輸入、販売・所持等に係る権利(184条)が含まれます。

さらに、実演家にはいくつかの場面で公正報酬請求権が認められています。具体的には、商業的録音物が公に演奏されたり公衆に伝達(利用可能化を除く)される場合や(182D条)、実演家が録音・録画物の貸与権を譲渡した場合(191G条)に公正報酬請求権が発生します。

イギリスの実演家の権利保護においては、労働協約が重要な役割を果たしています。実演の分野では、実演家の労働組合(主にEquity)が、放送局や製作者団体(PACT等)と交渉し、最低報酬額や二次利用に関する報酬などについて合意を形成しています。

例えば、テレビ番組の二次利用では、他のテレビ局等への販売価格の17%が実演家への報酬の原資となります。映画の場合は、DVD・ブルーレイの売上全体の0.3%が報酬の原資となります(株式会社野村総合研究所『平成26年文化庁調査研究事業 実演家の権利に関する法制度及び契約等に関する調査研究報告書』(平成27年3月)51頁参照)。

3.日本との比較

イギリスの実演家保護制度を日本と比較すると、いくつかの違いがあります。

(1)権利の性質
日本では実演家の権利は基本的に著作隣接権として位置付けられています。これに対して、イギリスの実演家の権利の性質は、明確ではありません。

これまでの連載で説明をしましたとおり、イギリスでは、放送やレコードについても著作権として整理しています。日本のような著作隣接権制度はありません。そして実演家の権利については、著作権法の「第2部」に規定されているという、なんとも微妙な位置付けになっています。

したがって、1988年の著作権法は、実演家に対して実質的に新しい著作権が付与されたのであると述べる見解もある一方で、著作権に近づいたものの、著作権ではないと説明する言説もあるそうです。

また、著作権に隣接する権利であるとか(著作隣接権)や用語の適切さからいわゆる「関連権」と整理する見解もあるようですが、2006年に実演家に対して人格権を認めたことで、創作者に類似するものになったことを示唆する見解もあります(以上について、WAELDE, C. et al., 2013. Contemporary intellectual property: law and policy. 3rd ed. Oxford: Oxford University Press., p.229を参照)。

(2)ワンチャンス主義は採用していない
日本では、実演家は、ひとたび自己の実演を映画の著作物に録音・録画することを許諾した場合、その映画がDVDなどに複製される際や、テレビや有線放送、インターネット等で公衆送信されるときに、権利主張することができないとされています(日本著作権法91条2項、92条2項)。いわゆる「ワンチャンス主義」と呼ばれるものです。

イギリスではこの原則を採用していませんが、視聴覚的実演家と製作者との契約によって、契約の際に権利の譲渡等を行う慣行があるようです。そうなってくると、ワンチャンス主義を採用する日本とあまり変わらない部分もあるのかもしれません。

(3)実演家の組合の交渉力
イギリスでは歴史的に労働組合の組織力が強く、実演家の団体(ギルド)においても同様です。この点については、日本と状況が異なるかもしれません。

実演家は法律上、労働組合に加入する義務はありませんが、多くの実演家が組合に属しています。その結果、実演家の組合が放送局等制作会社に対して団体交渉権を行使しています。

具体的には、俳優等の出演者に関しては、俳優の労働組合であるEquityがBBCやPACT等との間でそれぞれ労働協約を締結しています。実演家の報酬等の最低基準については、出演料のみならず、二次利用等に関する部分についても、組合との労働協約の内容が影響します。

したがって、著作権法において実演家の権利として定められていない部分も含めて、労働協約に基づいて追加報酬を得る機会が確保されているのです。

4.イギリスの実演家保護をめぐる最近の話題

イギリスの実演家保護に関する最近の動向として、イギリス政府が視聴覚的実演に関する北京条約の批准について検討をしていることが挙げられます。この動きは、イギリスの実演家が海外での利用に対してより適切な報酬を得られるようにすることを主な目的としたものです。

北京条約を批准するには、イギリスの著作権法の修正が必要となります。まず、視聴覚的実演に対する同一性保持権の拡大が求められています。現行法の下で同一性保持権を有しているのは、生の放送における実演と録音された実演の実演家に限られています。これについては、拡大する方向で議論がまとまっている模様です。

他方、現行法では、実演家は実演が固定されているレコードを公に伝達し、あるいは演奏することについて排他的権利を有していません。その代わりに、同意なしに作成されたレコードを公に伝達したり、演奏したりすることについて公正な報酬請求権を有しているだけです。

これについては、視聴覚的実演の放送と公衆への伝達に関する(1)排他的権利の導入、あるいは、(2)公正な報酬請求権の導入という2つのオプションが検討されています。

新しい権利の導入が既存の契約や取引慣行に与える影響や、追加の報酬請求権が製作者の投資に与える影響などが懸念されおり、イギリス政府は関係者に対するコンサルテーションを実施しており、最終的な実施方法を決定する予定です。

5.おわりに
イギリスにおける実演家の法的保護は、著作権法だけでなく、労働法や契約実務、さらには労働組合の活動など、多様な要素が複雑に絡み合って形成されています。この制度は歴史的に発展してきており、今後も国際条約への対応や実務上のニーズに応じて変化していくでしょう。

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【2】最終回【10/2開催】官公庁向け著作権セミナー開催のご案内
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日本複製権センターは主に官公庁の方を対象とした「官公庁向け著作権セミナー」を開催してまいりましたが、今回が最終回となります。第8回のテーマは『新聞等の著作権保護と著作物の適法利用』です。
著作権のより一層の保護を図るために、著作権の基礎知識の普及と複製を行う際に必要となる契約についてご案内させていただきます。
また、一般的な著作権(初級レベル)についての解説や著作物の正しい利用方法についてより詳しくご説明いたします。
なお、本セミナーは官公庁の方に限らずどなた様でもご参加いただけますので、多くの皆様のご応募をお待ちしております。

~開催要項~
日 時 :2024年10月2日(水) 14:00~16:00
会 場 :オンライン (Zoom)
参加費 :無料
主 催 :公益社団法人日本複製権センター
参加協力:西日本新聞社/佐賀新聞社/長崎新聞社/熊本日日新聞社/大分合同新聞社/宮崎日日新聞社/南日本新聞社/沖縄タイムス社/琉球新報社 

~申込受付期間~
2024年9月5日12:00 ~ 10月2日15:30
当選につき1機器での受講となります。複数機器で受講希望される方は、それぞれお申込みください。

お申込サイト→https://jrrc.or.jp/seminar/

~プログラム~
・トピックス1 新聞等の著作権保護と著作物の適法利用
・トピックス2 人が作る新聞 ~取材から宅配・配信まで 記事が読者に届く過程~
・トピックス3 新聞記事を巡る著作権侵害の事例
・トピックス4 著作物の複製利用の許諾取得について

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