JRRCマガジンNo.382 最新著作権裁判例解説22

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JRRCマガジン No.382    2024/8/22
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◆今回の内容
【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説
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皆さま、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

本日8月22日からは二十四節気「処暑」です。
厳しい残暑が続いていますが、暦の上では、この時期からはだんだんと暑さがおさまる頃と言われています。

さて今回は濱口先生の最新の著作権関係裁判例の解説です。

濱口先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/hamaguchi/

◆◇◆━【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説━━━
最新著作権裁判例解説(その22)
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               横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 濱口太久未

 夏真っ盛りの中ですが、今回は、知財高判令和6年6月12日(令和5年(ネ)第10105号)〔たばこ「さくら」事件〕を取り上げます。

<事件の概要>
 本件は、被控訴人(日本たばこ産業株式会社)が、平成17年2月以降、地域限定で本件たばこ「さくら」のテスト販売を行った際、(1)本件各写真を掲載した本件冊子を頒布し、(2)本件写真③、⑤を改変(トリミング)した本件販促用写真を自動販売機上で宣伝に用いたことに関し、控訴人(本件各写真の著作者・著作権者である写真家)が、上記(1)の行為は許諾期間を超えて行われたから著作権(複製権)を侵害するものであり、上記(2)の行為は控訴人の意に反するものとして著作者人格権(同一性保持権)を侵害する旨主張し、被控訴人に損害賠償を求める事案です。

 上記の訴えに関しては以下のような認定事実があります。
・控訴人による本件写真集に収録されている本件写真③~⑤を含む写真は、明治時代を想起させる人物のモチーフをセピア色のモノクロームで表現した写真作品である。本件写真③は、楼閣のある庭園(横浜の三渓園)を背景に、和装にくわえたばこの男性(文士)が片膝を立てて地面に腰を下ろし、険しい表情で遠くに視線を送っている様子を表現した作品、本件写真④は、同様
のシチュエーションで、文士が指にたばこを挟んだ立ち姿となっている作品である。この文士は芥川龍之介をイメージしたとされ、文士の発する緊張感が画面全体を引き締めるような印象を与えている。本件写真⑤は、満開の桜の下で、男女が並んで地面に腰を下ろして手を取り合っている様子を表現している。和装の男性は太宰治をイメージしたとされ、時間が止まったような静謐さを感じさせる作品である。また、本件写真集には、本件各写真のほか、桜の花に囲まれて直立する男女の写真(「件外写真①」)、ふすまを背に正座する和装の青年の写真(「件外写真②」)も収録されている。件外写真①は、「明日出陣する特攻隊員が恋人と一緒にいる情景」という設定の作品であり、正面を見据える男女の眼差しの強さが印象的で、男性の服装は特攻隊員のものと思われるものである。
・被控訴人は、平成16年頃、「さくら<SAKURA>」という名称の紙巻きたばこの新製品(本件たばこ)の販売を計画し、平成17年2月以降、鹿児島県と宮崎県の地域限定でテスト販売を行うこととした。本件たばこは、百年の歴史を持つブランド「チェリー」から着想を得て、「日本的な美を極めたパッケージ」で販売するというコンセプトで商品化されたものであり、「さくら」のロゴは、流麗な草書体風の文字が使用されている。被控訴人は、上記のコンセプトに従った本件たばこのプロモーション(「本件販促活動」)を広告代理店の電通に委託し、電通は本件販促活動に用いる写真のデザイン等に係る業務をNDCに委託した。NDCでは、Bがプロデューサーとしてこれを担当することになった。
Bら(B又は電通若しくはNDCの別の担当者)は、控訴人の本件写真集収録の控訴人の写真作品が本件販促活動のイメージに合致すると考え、平成16年頃、控訴人に同写真の有償使用を打診した。控訴人はこれを了承し、本件販促活動に使用してもらうために新たに本件写真①、②を撮り下ろすなど、積極的にこのプロジェクトに関わることとなった(本件写真①、②は、和室の座卓上で、灰皿に載せられたたばこから煙が立ち上っている様子を表現した作品である)。控訴人はNDCの子会社の従業員であった時期があり、NDCとの間には一定の信頼関係があったこともあり、控訴人とNDCとの間で、写真の使用許諾に係る契約書は作成されず、目的が本件たばこのテスト販売に係る本件販促活動における使用であること、写真作品の使用許諾料は合計800万円とすること等が口頭で合意されたにとどまった。そうして、NDCは、控訴人が経営する有限会社レーヴに対し、平成16年12月末~平成17年2月に800万円強を振り込んだ。
・Bらは、平成16年秋頃以降、控訴人に対し、本件たばこの自動販売機及び販売店舗でどのように控訴人の写真作品を利用するかを具体的に示した本件デザイン案及び本件販促活動に使用する小冊子のイメージを手書きで示したラフを交付するなどしながら、打合せ及び調整作業を進めた。
本件デザイン案では、(ア)自動販売機のインサイドパネル及び販売店舗用のポスターステッカーなどとして本件写真③、⑤を使用すること、(イ)自動販売機のガラス面アイキャッチャー(販売商品の見本〔たばこパッケージ〕が並んでいる部分)に件外写真①、②を使用することが示されている。このうち、(ア)の本件写真③、⑤は、「さくら」のロゴが重ねられているものの、全体の構図は原作品を比較的忠実な形で用いているが、(イ)の件外写真①、②は、たばこパッケージとほぼ同じ大きさになるよう、人物部分だけを切り出すように大幅にトリミングした写真が使用されており、そこに「さくら」のロゴが重ねられていた。
本件デザイン案を踏まえた控訴人とBらの調整を経て、最終的に、本件販促活動において使用する対象写真として、(ア)の本件写真③、⑤は本件デザイン案のとおりとしたが、(イ)の写真2葉については、件外写真①、②をトリミングしたものから本件販促用写真に差し替えられた(本件販促用写真①-1及び②-1は本件写真③をトリミングしたもの、本件販促用写真①-2及び②-2は本件写真⑤をトリミングしたものであるが、たばこパッケージとほぼ同じ大きさになるよう人物部分だけを切り出すような大幅なトリミングが施されている点(「本件トリミング手法」)は、差替え前の本件デザイン案と同様である)。当時、Bは、本件販促活動に写真作品を使用することを前提に控訴人がその使用を許諾している以上、ツールの規格等に合わせて所要のトリミング等を行うことは当然に予定されていたという認識であった。
・被控訴人は、以上の調整等を踏まえて、平成17年2月までに、本件販促活動のための内部資料として本件ハンドブックを作成した。本件ハンドブック中の自動販売機等の広告イメージ図には、本件デザイン案を上記のとおり変更された内容が記載されている。また、店頭プロモーションとして、本件販促用写真を使用したオリジナルマッチ及び同マッチとたばこをパックしたものも示されている。本件ハンドブックの示すタイムスケジュールによれば、平成17年1月17日に記者発表をし、同年2月1日に地元紙への発売告知広告がされるとともに、同年2月~3月が「店頭・VM展開」期間とされ、また、同年4月以降は、「リピート・定着/ロイヤリティ把握」のための「フォロー施策」として、名簿獲得顧客に対するDM施策の展開及び名簿に記載はあるがDMアンケート等の調査に参加していない喫煙者に対するサンプルたばこ送付等を行う期間とされた。
この「店頭・VM展開」に関し、「文士達をモチーフとしたビジュアルにより、興味喚起を図りながら、喫味としてのうまさの想起も狙う。差別性のある世界観を打ち出しつつ、新製品の登場感を演出。」という説明が付記されており、本件各写真の利用は、本件販促活動において重要な柱とされていた。本件冊子には、本件たばこのコンセプトを説明する文章とともに、本件各写真が掲載されている。被控訴人は、上記のスケジュール上「店頭・VM展開」期間とされる平成17年2月~3月の間、本件販促活動のために本件冊子を頒布した。また、本件販促活動の期間中、たばこの自動販売機に本件販促用写真が使用された。
・控訴人の知人(写真作品のファン)であるAは、平成17年2月頃、旅行で鹿児島を訪れた際、本件販促用写真が使用されている自動販売機を偶然見つけ、控訴人の写真作品を使用したものであると認識し、「記念のため」写真に収めた。本件たばこは、地域限定のテスト販売から全国販売に展開されることなく、平成18年1月以降販売中止となった。その後、令和2年夏頃に至り、控訴人とAが話をしていた際、本件たばこのプロモーションに控訴人の写真作品が利用されたことが話題に上ったのを契機として、同年秋頃、Aが上記の写真を控訴人に提供した。これを見た控訴人は、自身の写真作品について意に反した改変があったと考えるに至り、その約1年半後の令和4年3月14日、本件訴訟を提起した。

<判旨>
 控訴人の請求を棄却。
●本件冊子に係る複製権侵害の有無について
「上記・・・のとおり、本件冊子が頒布されたのは、被控訴人作成の本件ハンドブックに「店頭・VM展開」期間とされている平成17年2月~3月の間であったと認められ、控訴人の主張する許諾期間(同年2月1日~4月30日)を超えて本件冊子が頒布されたと認めるに足りる証拠はない。・・・ 控訴人は、本件冊子は本件たばこのネーミングが広く記憶され本件たばこが広く消費されるためのものである以上、本件たばこが販売されている間は本件冊子が頒布されていた旨主張するが、仮にそうだとしても、控訴人が本件各写真の使用許諾をした目的が本件販促活動における使用であったことは明らかであり、本件販促活動の期間と切り離して許諾期間が定められていたと認めるに足りる証拠はない。なお、控訴人とBらとの間の許諾交渉過程で、Bらから「本件販促活動期間は平成17年2月1日~4月30日の予定」という程度の話があったことは推認されるが・・・、そうだとしても、「本件販促活動の継続の有無にかかわらず、同年4月30日をもって許諾期間が満了する」という趣旨を含む許諾期間の合意が成立していたとまで認めることはできない。」
●本件販促用写真に係る同一性保持権侵害の有無について
「控訴人は、本件販促用写真は、控訴人の意に反して本件写真③、⑤を無残にトリミングしたものであり、控訴人がこれを許諾したことはない旨主張する。
しかし、上記・・・で認定したとおり、NDCのBは、本件販促活動に関わっていた当時、本件販促活動に写真作品が使用されることを前提に控訴人がその使用を許諾している以上、ツールの規格等に合わせて所要のトリミング等を行うことは当然に予定されていたという認識を有しており、現に、そのような前提の本件デザイン案が控訴人に示されている。その後のBらと控訴人との調整過程を客観的に明らかにする証拠はないものの、最終的に、件外写真①、②を本件販促用写真(本件写真③、⑤をトリミングしたもの)に差し替える変更が行われたにとどまり、本件トリミング手法自体が変更されることはなかった。控訴人の当審における陳述書・・・においても、本件デザイン案が変更された理由として、件外写真①は出陣を翌日に控えた特攻隊員を表現した写真作品であったという理由が強調されている一方、トリミングの当否を巡る具体的なやり取りは明らかにされていない。なお、件外写真②の変更理由は必ずしも明らかでないが、「たばこ」も「さくら」も登場しない点で、本件販促活動に使用する必然性はそもそも乏しかったと考えられる。
以上のような事情に照らすと、件外写真①、②については、NDC側が、控訴人の意見も踏まえつつ、本件たばこのイメージにそぐわないと判断して対象写真を差し替えたという経緯がうかがわれる一方、本件トリミング手法(たばこパッケージとほぼ同じ大きさになるよう人物部分だけを切り出すような大幅なトリミングを施す手法)の採用自体が問題とされた形跡はなく、こうした状況を総合すると、控訴人において、本件トリミング手法を使った写真の利用につき明示又は黙示の許諾を与えていたものと合理的に推認される。
控訴人は、陳述書・・・中で、本件写真集収録の写真は広告用のものではなく、芸術家として作り上げた芸術作品であって、写真芸術としての価値を損なうような改変を同意するはずがないと強調している。
本件各写真(特に本件写真③、⑤)が芸術作品と呼ぶにふさわしいものであることは、当裁判所も全面的に認めるものであり、その価値が損なわれるのは許せないとする控訴人の心情は理解できる。
しかし、当然ながら、被控訴人は、控訴人の芸術作品を紹介したくて本件各写真の利用を申し出たのではなく、主役である本件たばこを引き立てる道具として本件各写真を利用しようとし、NDCを通じてその対価の支払を提案しているのである。そして、自動販売機で最も目に付きやすいガラス面アイキャッチャー(販売商品の見本〔たばこパッケージ〕が並んでいる部分)にたばこパッケージと同じ大きさになるようにトリミングした写真を使用するという本件各写真の利用方法は、本件販促活動の重要な柱となっていたのであるから、仮に、控訴人がこのようなトリミングを許諾しないという意思を明確にしていたとすれば、控訴人の写真作品を本件販促活動に利用するという構想自体が白紙となり、800万円の許諾料の支払合意も合意解除されることが当然予想されるところ、現実には、本件トリミング手法を使った写真の利用がされ、控訴人は許諾料800万円を受領しているのである。
さらに、控訴人がAから本件販促用写真が使用されている自動販売機の写真の提供を受けて、自身の写真作品について意に反した改変があったと考えるに至ったのは令和2年秋頃である・・・ところ、その時点までに、控訴人とBらが本件販促活動の内容の打合せを行っていた平成16年~17年から15年以上もの年月が経過している。この間、本件各写真の利用方法を巡る打合せの経過及び内容につき、控訴人の記憶が変容し又はあいまいになっていたとしてもやむを得ないところである。十数年ぶりに本件販促用写真を見て、原作品とのギャップに強い違和感を抱いたという控訴人の心情に偽りはないとしても、これを「意に反した改変」が行われた根拠とすることが適切とはいえない。」

<解説>
 今回の解説では、判示事項のうち、同一性保持権に係る第20条第1項における「著作者の意に反する改変」の部分に特化してお届けいたします。
 同一性保持権(における「著作者の意に反する改変」を禁止対象行為としている点)については、本解説(その7-2)において、一般に第20条第1項が所謂ベルヌプラスとして理解されていること等に多少言及しておりますが、今回も主要学説・裁判例等を参照して解説いたします。
 立案担当者の説明では「「その意に反して」改変を受けないといいますのは、こういった同一性保持権が働く判断尺度というのは、著作者にある程度委ねるという考え方があるわけでございます。例えば強硬な旧仮名遣い論者であれば、その人の著作物を一字一句たりとも現代仮名遣いに直すことについては同一性保持権侵害の問題が出てまいるでしょうし、そうでない人のものであれば、間違って旧仮名遣いに書いてあるのを新仮名遣いに直すというのは、その意に反しないということになりましょうし、そういった著作者の主観的な要素が入り込む余地があるわけであります」と述べられていて(注1)、著作者の主観的意図を考慮する建付けになっていることが明らかにされているところであり、著作者の人格の発露とされる著作物を保護する著作者人格権に照らしてもっともな説明がなされています。
他方で、このことがそれだけで済まされるのかといえば、いくつかの論点が指摘されているところでもあり、これについて中山信弘先生は以下のように述べておられるところです(注2)。「現行法は著作者の「こだわり」を保護しているとすれば,著作者の主観的意図に反する改変を「意に反する改変」と解さざるを得ないであろう。それが条文の素直な解釈であるし,立法者の意思にも合致する。また,文理的にも,113条7項(侵害とみなす行為)(筆者注3)では「名誉又は声望を害する」方法による著作物の利用行為は著作者人格権侵害とみなすと規定され,あるいは死後の人格権については「著作者の意を害しないと認められる場合は」保護されないと規定され(60条2文),更に実演家の同一性保持権については「名誉又は声望を害する」改変は侵害になると規定されているので(90条の3第1項),立法者は明らかにそれらの用語を使い分けており,20条は主観的意図を保護していると読める。
・・・それに対して,精神的・人格的利益を害しないときは侵害とはならないとする説,「意に反する」という語の意味を客観的に捉え,著作物を通して忖度される著作者の名誉心・自尊心であるとする説,あるいは常識的にそのような改変は著作者の意に反するものと通常いえるかという観点から判断すべきであるとする説もある。一般論として同一性保持権の範囲を常識的範囲に限定することは妥当なことであり,かつ必要なことでもあり,また・・・法解釈としてその方向に近づけることは必要と考えるが,正面切って,意に反するという要件を客観的なものと解釈することは,条文からは難しいであろう。著作者の主観的な意図が客観的に判断できる「意」と明らかに異なっている場合でも,それは意に反するものではないと解釈できるのであろうか。
例えばその改変が客観的に名誉心を傷つけるようなものでない場合であるが,著作者がそのような改変は認めないと明言しているような場合にも,現行法の解釈としても「意に反する」ものではなく,同一性保持権の侵害ではないと解釈できるのであろうか。そのような結論には賛同できる面もあるが,仮にそのような趣旨を立法化するのであれば,現行法のような条文にはならなかったはずであり,立法論となろう。
しかし著作者の「意」を重視する余り,著作者の恣意を放置し,「こだわり」保護を徹底させると,著作物の利用・流通に多大な不都合が生ずるため,「意に反する改変」の具体的意味の解釈,20条2項の例外規定の柔軟な解釈,あるいは権利濫用等の一般法理の適用等により,結果的には同一性保持権を主張し得る場合を限定し,妥当な結論を導く必要がある。近年は,著作者の「意」を重視せずに,柔軟な解釈をする学説が台頭してきており・・・」とされています。
 既存の裁判例の中には同一性保持権におけるこの著作者の「意」について、「著作者の有する同一性保持権は,著作物が,著作者の思想又は感情を創作的に表現したものであり,それによって,著作者に対する社会的な評価が与えられることから,その同一性を保持することによって,著作者の人格的な利益を保護する必要があるとして設けられているものであり,「意に反してこれらの変更,切除その他の改変を受けないものとする。」(著作権法20条1項)という文言でその趣旨が表現されているものと解される。
そして,意に反するか否かは,著作者の立場,著作物の性質等から,社会通念上著作者の意に反するといえるかどうかという客観的観点から判断されるべきであると考えられる。」として、同一性保持権の保護法益を著作者に対する社会的な評価が与えられることにあると見てそれに関連付けることで上記「著作者の意」の判断基準の客観的把握を試みているものもありますが(注4)、しかしながら同事件に関する控訴審判決(注5)では「(同一性保持権)の趣旨は,著作物が,著作者の思想又は感情を創作的に表現したものであり,その人格が具現化されていることから,著作物の完全性を保持することによって,著作者の人格的な利益を保護する必要があるため,著作者の意に反してその著作物を改変することを禁じているものであるが,
一方,著作者自身が自らの意思によりその著作物の改変について同意することは許容されるところであって,著作者が,第三者に対し,必要に応じて,変更,追加,切除等の改変を加えることをも含めて複製を黙示的に許諾しているような場合には,第三者が当該著作物の複製をするに当たって,必要に応じて行う変更,追加,切除等の改変は,著作者の同意に基づく改変として,同一性保持権の侵害にはならないものと解すべきである。」とされているところであり、一審判決のような「著作者の意」の客観化は志向されておらず、黙示の許諾の有無に着目した判断が示されているところです。
 同一性保持権の守備範囲が第60条のような形で例えば「著作者の意に反すると認められる改変」を禁止対象行為として条文化されているのであれば(当該条文の本質的な意味内容の有り様に関する議論はさておき、)著作者の意を客観的に捉えて同一性保持権の侵害・非侵害を考えることもできましょうが、現行の条文に沿って考える以上は中山先生のご見解に少なからぬ説得力があるものと解されます。実際にも、黙示の許諾や権利濫用の抗弁が認められた著名な裁判例として、例えば前者については「・・・本件雑誌の入選句欄は、選者の判断により、必要に応じて投稿句を添削したうえ入選句として掲載することがあり得ることを前提に投稿を募集していたものであり、俳句を学習する者として、前記のような俳句の添削指導の慣行や実情を容易に知りうる立場にあった原告としては、ことさら添削を拒絶する意思を明示することなく、
被告丙川を選者と指定して、本件各俳句を投稿したことにより、原告は、被告丙川による本件各俳句の添削及び被告会社による添削後の俳句の本件雑誌への掲載について、少なくとも黙示的に承諾を与えていたものと推認するのが相当である。」とされたものがあり(注6)、後者については「右のような事実関係において、すなわち、自ら事前に二回にわたり、皇族の似顔絵や皇族を連想させるセリフ等の表現を用いないことを合意しておきながら、締切を大幅に経過し、製版業者への原画持込期限のさし迫った八月三〇日の夕刻になって、ようやく本件原画を渡し、長時間にわたる修正の要求、説得を拒否し、・・・編集長を他に取りうる手段がない状態に追い込んだ原告が、このように重大な自己の懈怠、背信行為を棚に上げて、・・・編集長がやむを得ず行った本件原画の改変及び改変後の掲載をとらえて、著作権及び著作者人格権の侵害等の理由で本件請求をすることは、権利の濫用であって許されないものといわざるをえない。」とされたものがあるところです(注7)。
 そのような中、今回の判決においても、被控訴人サイドによるたばこの販促活動に控訴人の写真が利用される際の物理的・商業的制約の存在を前提とした上で当事者等の相談によって当該写真が利用されたことに関し、利用する写真の一部差し換えはあったものの、トリミングの手法は同様のままであったこと等、そこで発生した種々の事情を勘案することで、本件においては控訴人が明示・黙示の許諾を与えていたものとする判断が示されているところであり、このようなことに鑑みると、同一性保持権における「著作者の意に反する改変」に係る従来の裁判例の動向を踏まえた妥当な判断であったものと思われます(注8)。今回は以上といたします。

(注1)加戸守行『著作権法逐条講義七訂新版』182頁
(注2)中山信弘『著作権法[第4版]』642頁以下
(注3)この第113条第7項は、令和2年の著作権法一部改正により現在は同条第11項に繰り下げとなっている。
(注4)東京地判平成18年2月27日判時1941号136頁〔計装士講習会事件(第1審)〕
(注5)知財高判平成18年10月19日(平成18年(ネ)第10027号)〔同事件(控訴審)〕
(注6)東京地判平成9年8月29日判時1616号148頁〔俳句添削事件(第1審)〕。尤も、同事件に関する控訴審判決である東京高判平成10年8月4日判時1667号131頁では「・・・認定の事実によれば、本件各俳句の投稿当時、新聞、雑誌の投句欄に投稿された俳句の選及びその掲載に当たり、選者が必要と判断したときは添削をした上掲載することができるとのいわゆる事実たる慣習があったものと認めることができる。
・・・によれば、本件雑誌には、投稿された句を掲載する「入選句」欄のほかに、「添削教室」欄があったことが認められるが、右「添削教室」が存在するため、本件雑誌の「入選句」欄では添削を行わないとの黙示の了解があったと認めることはできない。
控訴人は、新聞、雑誌の投句欄において、右認定の事実たる慣習が存在したことを争うとともに、その存在を知らなかった旨主張するが、添削をした上掲載することができるとの事実たる慣習が存在したことは、前記の各証拠により十分認定することができ、この認定を左右するに足りる証拠はない上、添削及び掲載についての事実たる慣習が存在したか否かは、控訴人がそのような事実たる慣習を現実に知っていたか否かとはかかわりのない客観的事実の問題である。・・・本件各俳句を添削し改変した行為は、右のような俳句界における事実たる慣習に従っ(て)たものであり、許容されるところであって、違法な無断改変と評価することはできない・・・」として事実たる慣習に従った改変行為として同一性保持権侵害が否定されている。
(注7)東京地判平成8年2月23日知的裁集28巻1号54頁〔やっぱりブスが好き事件〕
(注8)因みに、原審判決(東京地判令和5年10月12日(令和4年(ワ)第6207号))の段階でも複製権侵害や同一性保持権侵害に基づく損害賠償に係る原告の請求は棄却されているが、同一性保持権侵害に関しては「原告が広告代理店から本件デザイン案の交付を受けたことなどに鑑みると、利用する写真を本件デザイン案のものから本件写真③及び⑤に入れ替えた本件ハンドブック(ないしその「VM・店頭イメージ」及び「VM カラムまわりイメージ」を内容とし、その構成は本件デザイン案と同様のもの)についても、平成 17 年 2 月頃、原告が広告代理店から交付を受けたことが十分合理的に推認される。
そうすると、仮に、被告による本件販促用写真の利用につき、原告が被告に対して本件写真③及び⑤に係る著作者人格権(同一性保持権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとしても、平成 17 年 2 月頃には、原告は損害の発生及び加害者を知ったといえることから、その時点から 3 年後である平成 20 年 2 月頃には 同請求権に係る消滅時効期間が経過したことが認められる。
また、被告は、令和 3 年 1 月 28 日付け回答書・・・において、上記請求権につき、消滅時効を援用し、その頃、同回答書は原告に到達した・・・。
したがって、仮に原告が被告に対し上記請求権を有するとしても、同請求権は既に時効により消滅している。」として、消滅時効の点から控訴審判決と同様の結論を導いている。

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