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JRRCマガジン No.378 2024/7/18
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◆今回の内容
【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説
【2】【8/1開催】「オンライン著作権講座 中級」開催のお知らせ
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皆さま、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
本日7月18日は「光化学スモッグの日」
1970年7月18日に日本で初めての光化学スモッグが発生したことから制定されたそうです。
・お知らせ
8月1日(木)に「オンライン著作権講座 中級」が開催されます。
今回は特集として①著作物の境界領域等について②AIによる情報解析と生成物についてを取り上げる予定です。
詳しくはページ下部「【2】【8/1開催】「オンライン著作権講座 中級」開催のお知らせ」をご参照ください。
さて今回は濱口先生の最新の著作権関係裁判例の解説です。
濱口先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/hamaguchi/
◆◇◆━【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説━━━
最新著作権裁判例解説(その21)
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横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 濱口太久未
今回は、東京地判令和6年3月25日(令和5年(ワ)第70315号)〔ファッション色彩能力検定準拠本事件〕を取り上げます。
<事件の概要>
本件は、原告(被告が設置する専修学校である文化服装学院の専任講師嘱託)が、共同著作物である本件書籍(『ファッション色彩〔Ⅰ〕ファッション色彩能力検定試験 3 級準拠』)の著作者の一人として本件書籍に係る著作権を有するところ、被告(㈻文化学園)による本件書籍の複製は原告の著作権(複製権)を侵害すると主張して、被告に対し、本件書籍の複製の差止め及び損害賠償又は不当利得返還を求める事案です。
なお、上記の訴えに至る経緯については以下のような認定事実があります。
・原告は、平成13年10月、当時の被告理事長兼本件財団法人理事であるEの指示を受け、被告による色彩に関する新たな検定の施行の可能性について検討を始め、同年11月、同検定に係る試案を文化服装学院教務部に提出。
・翌平成14年12月、ファッション分野に特化した色彩に関する検定試験の可能性を検討するため、原告を含む被告所属の教職員 11 名で構成される「カラーコーディネート検定(色彩検定)検討委員会」が発足。
同委員会は、翌平成15年3月、被告文化服装学院所属の教員らに対して「色彩に関するアンケート」を実施。(※ そのアンケートの冒頭部分にある趣旨説明には、「現在、文化服装学院が中心となって新しい色彩に関する検定試験の施行が検討されています。」などと記載。)
同委員会は、同年7月、そのアンケート結果を踏まえた意見書を作成。
(※ 同意見書においては、既に他団体が実施している色彩検定の問題点として、「テキストに対して問題が難解な場合がある。」などと、試験問題とテキストのレベルが合致していないことなどが指摘されると共に、新検定の必要性に関し、原告が提案として挙げる「実技の重視」、「産業への提案」及び「現場のニーズ」のうち、とりわけ実技の重視が核心をなすところであり十分に賛成できること、レベルの設定についても原告の提案通りとすることなどが記載。)
また、原告は、同年10月、同委員会の肩書付きで、「『色彩に関するアンケート』報告書」を取りまとめ。
・同年11月、上記委員会の活動の次段階として、原告の提案を踏まえ、Eの指示により、原告を含む被告所属の教職員26名で構成される「『ファッションカラー』グループ研究」が発足し、原告はこれに参画。(※ その研究目的は「ファッション分野における色彩の活用、技術などを研究し、その成果を専門教育に反映させること及び、ファッション産業のかかえる問題を解決するための指針として提案すること」とされている。)
・原告ほか2名は、翌平成16年から平成17年頃にかけて、本件書籍を執筆。
・平成17年5月13日、色彩検定検討委員会の会議において「ファッション教育振興協会に提出する検定内容に関する書類を同月27日までに原告が作成し、次回会議で各委員の意見や提案を聞く」こととされ、原告はこの書類を被告に提出し、同書類はさらに本件財団法人((一財)日本ファッション教育振興協会。「ファッション色彩能力検定試験」の実施主体)に提出。
・本件財団法人は、同年12月、被告における上記検討結果を取りまとめた内部資料として、「『ファッション色彩能力検定試験』実施計画(案)」を作成。
(※ 本件計画案においては、検定実施の目的、検定の特色、検定試験の内容及び受験対象、検定試験の名称、第1回3級検定試験実施の日程等が記載されている。加えて、本件計画案では、本件検定試験3級のガイドブックについて、「色彩検定3級のガイドブックは、文化服装学院教職員に執筆願っている内容の、次の5章で構成し、ガイドブック全体を試験の内容とする」としているところ、その章の名称及び中項目の名称は概ね本件書籍と同じである。また、本件計画案における上記ガイドブックの奥付には、「発売元」を本件財団法人、「発行者」をE、「発行所」を被告文化出版局と記載すると共に、「本書に掲載した解説は無断転載を禁じます。Copyright 学校法人文化学園」と記載されている。)
・被告は、翌平成18年5月10日、いずれも「原稿料」として、原告らに対し一定の金額(原告に対しては47万1000円(原稿157枚分))を支払。
また、被告と本件財団法人は、平成18年3月1日、本件書籍に関して次の内容の覚書を締結しています(「甲」は被告、「乙」は本件財団法人を指す。)。
「2.編集内容・方法
甲が発行する書籍「ファッション色彩(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)」は、乙が実施する「ファッション色彩能力検定試験」に準拠させるため、学校法人文化学園文化服装学院が検討・構築・執筆した内容を主たる骨格とし、編集・整理・出版するものとする。」
「3.出版権・発行
書籍「ファッション色彩(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)」の出版権は甲に帰属し、発行者は甲とする。」
「4.発売元
甲が発行した書籍「ファッション色彩(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)」の国内発売元は乙とする。」
「7.書籍「ファッション色彩Ⅰ」の取引条件
すでに発刊した書籍「ファッション色彩Ⅰ」税込定価2,200円・・・は、甲より乙に、税込価格1,000円・・・で卸すものとする。」
「8.再販時の経費・印税
再版時に生ずる制作経費は、甲が負担する。
著者印税の発生は無いものとする。」
<判旨>
原告の請求を棄却。
●「発意」要件の充足性について
「前提事実及び前記各認定事実によれば、本件検定は、被告理事長であるEの指示に基づき、原告を含む被告教職員を構成員とする「カラーコーディネート検定(色彩検定)検討委員会」及び「『ファッションカラー』グループ研究」において検討されたものであり、その過程で、原告の提案が採用されたり、原告がその内容の取りまとめをしたりしていたことなどが認められる。また、「カラーコーディネート検定(色彩検定)検討委員会」によるアンケートは、被告教職員を対象として行われたものである。これらの事情に鑑みると、本件検定は、被告が主導的立場から企画したものと理解される。
さらに、上記のような本件検定の検討過程において「テキストに対して問題が難解な場合がある」ことが先行する色彩検定の問題点として指摘されていたことに加え、本件計画案並びに第 1 覚書及び第 2 覚書の記載内容に鑑みると、本件検定の検討過程においては、本件検定の内容や実施方法等の検討にとどまらず、本件検定に準拠した、すなわち、本件検定の内容やレベルに応じた内容を有し、本件検定の受験勉強に活用されるべきテキストないし問題集を作成することが検討され、本件書籍として結実したことがうかがわれる。
そうすると、本件検定と同時に検討されていた本件書籍の制作は、被告が企画したもの、すなわち被告の発意によるものと認めるのが相当である。」
「これに対し、原告は、本件計画案を作成したのが本件財団法人であること、本件書籍の執筆に係る進捗管理や内容に関する助言等をF(筆者注:平成18年頃、本件財団法人事務局長理事であった)が行っていたことなどを指摘して、本件書籍の制作は本件財団法人の発意に基づくものである旨主張する。
しかし、前記認定のとおり、本件計画案の記載からは、本件検定に準拠したガイドブックの著作権者として被告が想定されていたことがうかがわれることに鑑みる と、本件計画案の作成者が本件財団法人であることをもって、本件財団法人が本件書籍の制作を発意したと認めることは必ずしもできない。また、被告が本件検定の実施及びこれに準拠したガイドブックの制作を主導していたとみられること、そのような関係にありながらも、被告と本件財団法人とは、本件検定の実施並びにガイドブック(本件書籍)の発行及び販売に向けて相互に連携する関係にあったといえることに鑑みると、仮に原告の主張のとおり原告による本件書籍の執筆に関する事務にFが関与していたとしても、そのことをもって、本件書籍につき、被告ではなく本件財団法人が発意したものとみることは必ずしもできない。」
●「職務上作成する著作物」の要件充足性について 「原告は、業務内容を「文化服装学院の業務その他付属関連する業務」とする「文化服装学院専任講師嘱託」として被告から雇用されていたところ、被告理事長Eから指示を受けた本件検定の検討は、文化服装学院の業務に付属関連する業務に当たるものとみられる。そうすると、その検討過程で指示を受け、本件検定の実施と共にその制作が決定された本件書籍の執筆も、文化服装学院の業務に付属関連する業務といえる。
したがって、本件書籍は、原告が被告の業務に従事する者として「職務上作成する著作物」に当たると認められる。」
「これに対し、原告は、被告における勤務状況等を指摘して、被告における「職務上」作成したものではない旨を主張する。しかし、原告自身、本件書籍の執筆にあたり、被告の学園内において、他の被告職員との打合せ、被告が所蔵する資料の借り出し、調査等の目的での図書館の利用といった執筆に関連する作業を行ったことは認めている。加えて、被告は、給与とは別に、「原稿料」名目で本件書籍の執筆に対する対価を支払ったことを考えると、原告の被告における勤務状況等を踏まえても、なお原告による本件書籍の執筆は被告における職務の一環として行われたものとみるのが相当である。」
●「著作の名義の下に公表するもの」の要件充足性について
「本件書籍の奥付にはⒸBunka Publishing Bureau 2006 Printed in Japan」との記載があるところ、これは、本件計画案においてガイドブックの奥付に記載することとされていた「Copyright 学校法人文化学園」との記載に代わるものと理解される。そうすると、本件書籍の上記奥付は、少なくとも本件書籍の著作権が「Bunka Publishing Bureau」に帰属することを示すものと理解される。「Bunka Publishing Bureau」とは、「文化出版局」と和訳することが可能である。
また、本件書籍の奥付には、ほかに「発売元」として本件財団法人の名称が記載されると共に、「発行」として被告文化出版局の名称が記載されている。
他方、本件書籍の著作者に明示的に言及した記載は存在しない。
このような奥付の記載に加え、被告においては、被告の名称を明示的に付すことなく、「文化出版局」名義で書籍を出版している例があり、その際には本件書籍と同様に「ⒸBunka Publishing Bureau」との表示が奥付に存在すること・・・に鑑みると、本件書籍は、被告の著作の名義の下に公表されたものと認められる。」
「これに対し、原告は、本件書籍に被告の名称が明示されていないことなどを指摘して、公表要件を欠く旨主張する。・・・確かに、本件書籍の表紙下部、背表紙下部、扉左下部及びはしがき末尾には、被告ではなく、本件財団法人の名称が記載されている。一般的に、これらの箇所に表示される者が当該書籍の著作者と認識される例は多いといえる。しかし、本件書籍の場合、本件財団法人の名称は記載されているものの、これに「著」などの端的に本件財団法人が著作者であることをうかがわせる記載は付されていない。そうすると、本件書籍の表紙等における本件財団法人の名称の記載は、奥付の記載と必ずしも矛盾するものとはいえない。」
<解説>
今回取り上げた事案においては、判旨の記載から看取されるように、本件書籍について、職務著作が成立するか否かが実質的な争点となっています。
職務著作は第15条に規定されており、プログラムの著作物を除いて「法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。」(第1項)という条文になっていますので、その成立要件については、①法人等の発意によるものかどうか、②作成者が法人等の業務に従事する者かどうか、③職務上作成する著作物かどうか、④法人等の著作名義による公表なのかどうか、⑤著作物作成時における別段の定めがないかどうかの5点に分けて論じられることが通常であり(注1)、今回の事案では、判旨の通り、①・③・④について各々検討が加えられています(注2)。
抑々、職務著作の各成立要件の関係性については、学説上「これらの各要件は相互に密接な関連を有しており、各要件を総合的に勘案して法の適用がなされる必要がある。つまり、「法人等の発意」,「法人等の業務従事者」,「職務上の作成」の各要件の充足性を認定する場合において.各要件の充足可能性の程度は他の要件の充足可能性を認定する場合において相関的な関係を有する」との見解(注3)も見られるところ、今回の事案の①発意要件と③職務上作成要件とについては、従来の裁判例でも職務著作該当性を実質的に判断する観点から個別の事案に応じて緩やかな認定がされていること(注4)に鑑みると、今回の判決についてもその姿勢としては職務著作に対するそのような裁判例の流れに適合的な見方・思考方法がとられているものと思われます。
これに対し、④法人等の著作名義による公表要件については、上記①・③等の「法人等が著作者となるのに相応の実体的要件」(注5)とは性質の異なる要件であり、今回の解説において注目したいのもこの要件です。この④要件は条文上「法人等の著作の名義の下に公表するもの」と規定されており、もともとの立案意図として「本条で「公表したもの」とは規定せず、「公表するもの」と書いてありますのは、使用者の著作名義で公表したものだけでなく、使用者の著作名義で公表することを予定している著作物であれば足りるという意味でございます。例えば、新聞社のカメラマンが新聞に載せるためにたくさん写真を撮ったけれども、新聞に掲載された写真はそのうちの一つであって残りは載らなかったとしても、それは新聞社の著作名義で公表することが当然に予定され、かつ、その意図で作成されているものとして、新聞社の著作物になるということであります。
さらに一歩進んで、「公表するもの」の中には、「公表するとすれば法人の名義を付すような性格のもの」にまで広げて解釈すべきであると考えられます。例えば官庁や企業で外部に出さない内部文書として作られたものが、かえって作成した個人の著作物になってその者が排他的な権利を持つということは不合理であり、当然そのような場合も法人名義で公表するものという中に含めて考える趣旨であると考えられます。判例(新潟鉄工事件――東京地裁昭和60年2月13日判決)においてもそのことが認められております。」と解説されています(注6)。
現行著作権法もその立案時に内閣法制局の審査の下で所謂「ゲキ詰め」されたものであるだけに(注7)、条文そのものの点で見れば「成る程」と思わされる語句ではあるのですが、他方においてこの文言は別の論点を生じさせることにもなったのであって、具体的には「では、職務著作の成立を認めるべき著作物ではあるが、その公表時にその法人等以外の名義で公表されてしまった著作物については職務著作の成立を認めるべきかどうか」という問題点があります。
本要件の意義・機能等に関する田村善之先生のご見解を繙きますと、「実際に創作活動をなした従業者ではなく法人等を著作者と擬制するためには,問題の著作物に関する従業者の人格的な利益が法的な保護を付与しなくともさしたる支障はないと考えられる程度に止まっていることが必要であり,その反面,当該法人等には,著作権だけではなく著作者人格権を享有させるに足りる何らかの土壌が備わっていて然るべきである。法人等に認められる著作者人格権のうち法的な意味を認めるべきものは氏名表示権であると解されるところ・・・氏名表示権を行使しうる機会に・・・自己の名義を付すことのないような著作物については,あえて無理をして法的な保護を与える必要はない。」として法人等の氏名表示権の点を基点とする検討姿勢を提示しておられます(注8)。
そして田村先生におかれては、それに続けて、職務著作の著作者は(著作者の地位の原始的な確定を求める第15条の点から)著作物の創作時点で判断されるとする辰巳直彦先生のご見解(注9)や、また、個人名等で公表する予定だった著作物を公表の段になって法人等の名義で公表された場合の法的安定性への懸念を示す野一色勲先生のご見解(注10)が紹介され、その関連で取り上げられる上記のような「公表する予定はないが公表するとすれば法人等の著作名義となるものかどうか」の問題設定についても氏名表示権の問題を基点に据える田村説と背理するものではないと一定の理解を示しておられます・・・がしかしその一方で、「社内回覧の際には問い合わせの便宜等を考えて作成者の個人名を付すとしても,いざ公表するとなると個人名を付さず,社名を入れるに止まる文書は少なくないと推察される。
15条1項では,いずれに氏名表示権を認めるべきかということが問題なのであるから,公表の際の名義に着目するという手法と訣別することには,それなりの覚悟を必要とする」として、職務著作の著作者については創作時点で一元的に決定されるとの徹底説の立場に対しては慎重な立場を採用しておられているようです(注11)。そのことは、第15条第1項が要求する「法人等が「自己の」名義の下に公表するものである」という点に関して野一色先生の見解(注12)を引用しながら「A社がA社名義で公表予定の著作物の作成をB社に委託し,実際にはB社の従業者が職務上,当該著作物を作成したという場合には,出来上がった著作物はB社名義で公表されるものではないのでB社が著作者となるわけではなく,また自己の従業者が作成したわけではないA社も著作者となることはできず,結果的にB社の従業者が著作者とならざるを得ないという帰結を招く。
著作者という概念は契約で左右することができるものではないので・・・解釈論としてはいかんともしがたい」としておられる点(注13)にも表れています。
今回の事案について考えてみると、創作過程に関わる当事者の関係性についてはこのようなA社・B社のケースとはその構造を異にしますが、解釈論上は同種の問題を抱えているように思われます。即ち、職務著作に関して公表名義が誰になるのかという形式的要件を設定している以上、設定趣旨をどのように設定したとしてもその解釈論には自ずと限界があり、実際に自己の著作名義でない公表となってしまった場合には第15条第1項の職務著作の成立は否定することになるという一種の割り切りが必要になると解されるところです。
他方で今回の判決においてはこのような割り切りをすることには躊躇を覚えるのか、自己の著作名義による公表の要件についてはかなりの苦労の跡が見えるところです。具体的には、「本件書籍の奥付には「Ⓒ Bunka Publishing Bureau 2006 Printed in Japan」との記載があるところ、これは、本件計画案においてガイドブックの奥付に記載することとされていた「Copyright 学校法人文化学園」との記載に代わるものと理解される。そうすると、本件書籍の上記奥付は、少なくとも本件書籍の著作権が「Bunka Publishing Bureau」に帰属することを示すものと理解される。「Bunka Publishing Bureau」とは、「文化出版局」と和訳することが可能である。
また、本件書籍の奥付には、ほかに「発売元」として本件財団法人の名称が記載されると共に、「発行」として被告文化出版局の名称が記載されている。
他方、本件書籍の著作者に明示的に言及した記載は存在しない。
このような奥付の記載に加え、被告においては、被告の名称を明示的に付すことなく、「文化出版局」名義で書籍を出版している例があり、その際には本件書籍と同様に「ⒸBunka Publishing Bureau」との表示が奥付に存在すること・・・に鑑みると、本件書籍は、被告の著作の名義の下に公表されたものと認められる。」と判示されています。著作権制度に明るい読者であれば、Ⓒ マークは「万国著作権条約」第3条1において著作権保護に関して要求されている方式の一要素であること、かつ、Ⓒ において記載されるべき者は(著作者ではなく)著作権者であることは自明のことである訳ですが、おそらく裁判所においてもそのことを十分に認識しており、これだけでこのBunka Publishing Bureauを著作者とするには無理があると考えたのでしょう。
そのため、上記判決の通り、本件書籍のもととなった本件計画案を持ち出してそのガイドブックの奥付に記載することとされていた「Copyright 学校法人文化学園」に( Ⓒ Bunka Publishing Bureau 2006 Printed in Japanの記載が )代替するもので、著作財産権はBunka Publishing Bureau、日本語で表示した場合の文化出版局に属することになるとし、本件書籍の奥付で「発行元」(本件財団法人)と「発行」(被告文化出版局)とが使い分けられており、本件書籍の著作者は明示されていないものの、被告における他の出版物の記載例を引き合いに本件書籍については被告の著作の名義の下に公表されたものと評価する、という一計を案じたような判断を行っています。 このような判断手法はかなりの無理が伴っているような印象を抱かせるものですが、他方で既存の裁判例を見ると、「著作〇〇」と明示的に記載されていなかったとしても個々の著作物における関係者氏名・名称の記載状況その他の諸事情から本要件の実質化を志向するものも存在します(注14)。
このうち、原告(の代表者)が業務上撮影した写真につき、それが掲載された原告のパンフレット及びホームページに原告の名義である「総輸入元/(原告)・・・」や単に「(原告)」の表示があることをもって本要件充足性を肯定した例(注15)や、原告の各テキストにつき、表表紙に原告等の名称があり、その下部や各頁の下部に「〔C〕(原告)・・・」の表示がされ(、且つ、同テキスト中「紹介」の項目には「著作者」の項目があり、それが「作成」・「監修」・「発行」欄に区分されていて、その各欄について原告社名の下に被告らの氏名・肩書が記載される等の状態になっており、さらに同「紹介」欄に原告の所在地の地図が掲載され、下部に「〔C〕(原告)・・・」と記載され)ているケースに関してやはり本要件充足性を肯定した例(注16)に鑑みると、今回の判決についても従来の裁判例との齟齬を来しているものではないとの評価もあり得るのかもしれません。
しかしながら、常識的にみて「発行」と「著作」とは日本語の語義としても明確に区別されるものですし、その点を無視して牽強付会的な判断手法が野放図のように肯定されるのであれば、自己の著作名義による公表の要件は(他の要件が充足されれば、それらの要件に半ば随伴・連動するような要件として、)実質的な意義を喪失することとなりかねず、そうであれば今回の判決については、前述の見解に従って職務著作であってもその著作者は著作物の創作時点で決定されるとする立場から本要件を論じる方がまだ良かったのではないかとすら思えるほどの大胆な解釈論が展開されたものと考えます(注18)。
抑々、被告と本件財団法人とは各所在地の物理的距離や役員構成をみても密接な関係にあり(注19)、また本事案に登場するEは被告理事長と本件財団法人理事/代表理事との両職を務めていた者であったのであり、そのような観点から本事案全体を巨視的に眺めてみると、本件財団法人で実施すべきファッション色彩能力検定の構想検討を本件財団法人の理事であるEが被告理事長である同Eに対して請負的な業務として依頼し、被告理事長Eが被告で雇用されている(専門家としての)原告らにその構想や、
さらにそれに関連した検定対策書籍の検討をさせた、というようなものであって、そのようなプロセスからして本来的に本件書籍は被告の職務著作適合的性格を帯びたものであったと評価できるものではあります。結局のところ、これらの関係者において職務著作の成立要件に沿って的確に進めていれば本件のような裁判上の争いは(少なくとも実質的には)生じにくかったであろう筈のところ、従前の書籍の実例等を含めてこの点の処理が著作権法との関係で必ずしも的確にはなされていなかった点が今回の裁判例解説を生むきっかけにもなったと言えましょう。今回は以上といたします。
(注1)プログラムの著作物については、第4要件(法人等の著作名義による公表)が規定されていない(第15条第2項)。これは、加戸守行『著作権法逐条講義七訂新版』156頁によれば「プログラムの多くは、企業などの法人において多数の従業員により組織的に作成されております。しかし、その中には企業で内部利用を行うだけのもの、あるいは作成を委託した企業にだけ提供するものなど、本来公表を予定していないものも相当ございますし、また、発行・公表されるとしても、ROMに固定され機械に組み込まれるプログラムや下請け製作されたプログラムのように、無名又は作成者以外の名義で公表されるものも多くなっておりますので、一般の著作物のように公表名義を問題とすることは実態にそぐわない結果を生むこととなりかねません。
例えばプログラムの作成を他者に委託し、名義は受託会社ではなく委託会社のものとして公表する場合には、公表名義を問題としますと、受託会社の著作物ではなく、その従業員の共同著作物ということになってしまいます。しかし、社会に対しプログラムの内容について責任を持ち、必要に応じて内容の改定等を行うべき主体は誰かと考えますと、この場合も受託会社自体が著作者たる地位に立つことが合理的と考えられます。このようなプログラムの作成あるいは利用における特殊性に鑑み、プログラムの著作物については・・・「法人等が自己の著作の名義の下に公表する」ことを要しないこととしたわけでございます」とされている。
なお、映画の著作物については、第16条でその著作者が規定されているが、職務著作が成立する映画の著作物については、第16条の適用が排され、他の著作物等と同様に第15条が適用されることとなっている(第16条ただし書)。
(注2)職務著作成立要件のうち、法人等の業務従事性の要件については、作成者について、派遣労働者である場合や、法人等との雇用関係の存否が争われた場合(最判平成15年4月11日判時1822号133頁〔RGBアドベンチャー事件〕)に、同要件の充足性が論点となるが、今回の事案においては、原告は被告との間で雇用契約を結んでいたこと等の点から同要件に関する言及はなされていない。
(注3)作花文雄『詳解著作権法(第6版)』194頁
(注4)例えば、法人等の発意要件については知財高判平成22年8月4日判時2101号119頁〔北見工業大学事件〕を、職務上作成要件については知財高判平成18年12月26日判時2109号92頁〔宇宙開発事業団プログラム事件〕を各々参照。
(注5)前掲注3・188頁
(注6)前掲注1・加戸154-155頁
(注7)前掲注1・加戸の「あとがきに代えて」では、旧著作権法の全部改正に関して「当時のメモを振り返ってみますと、内閣法制局においては昭和41年11月の準備読会に始まり昭和43年3月の最終読会に終わるまで述べ89日の記録的審議が重ねられておりまして・・・」と述べられており、霞が関の「不夜城」において法案作成・内閣法制局審査を体験してきた身としては、当に「驚異的」と評する以外にはない文章が記載されている。
(注8)田村善之『著作権法概説[第2版]』382頁
(注9)辰巳直彦「法人著作」『民商法雑誌107巻4=5号』552頁
(注10)野一色勲「法人著作と退職従業者」『民商法雑誌107巻4=5号』599~600頁
(注11)前掲注8・382-384頁
(注12)前掲注10・603-604頁
(注13)前掲注8・384-385頁
(注14)例えば、前掲注4・知財高判〔北見工業大学事件〕のほか、水戸地龍ケ崎支判平成21年6月26日(平成20年(ワ)第52号)〔オートバイレース写真事件〕など。
(注15)東京地判平成20年6月26日(平成19年(ワ)第17832号)〔遮熱財事件〕
(注16)知財高判平成19年12月28日(平成18年(ネ)第10049号)〔メンタリングプログラム用テキスト事件〕
(注17)前掲注1・153頁を参照
(注18)自己の著作名義による公表要件について、創作時点で確定させるべきものであるとの立場を採用するのであれば、条文としては「自己の著作の名義の下に公表することとなるべきもの」という文言になるのであろうが、本文記載の通り裁判所から見ても現在の条文の解釈内容をそこまで徹底させることには相当の躊躇を覚えるがために今回の判決のような非常に苦しい接続・論理展開を 試みたものなのであろう(別の議論にはなるが、本要件を上記の様に解することになると、職務著作制度における他の要件のほかにさらに本要件を付加するだけの独自の意義がどの程度存するのかという疑問が生じることとなりかねない)。
これについて別の見方をすれば、裁判所においては、本要件は著作名義の公表はどのようなものであるのかという形式的要件であることから逃れられるものではないことを前提としつつ、本件で問題となった実際に公表されているクレジットの変遷プロセスを具に連続的に考察することで職務著作成立の結論を得るという本要件についての実質化をできる限り行ったものであるということになるのではあるが、メタなレベルで見ればそれ自体としては逆ベクトルの検討をしたものと評価されることになろう。
勿論、形式的要件について実質化を志向する解釈が一切許容されないとする見解もまた極端に過ぎるものではあり、要はどこ・どの程度で線引きするのが妥当なのかという問題になるのであるが、今回の事案については一連の創作プロセスに現れる諸要素を総合考慮する際に、書籍における「表記の仕方」や「表示の位置」等、通常の表記の在り方という一般普遍的な形式的要素を敢えて超えて被告における固有の慣習的表記方法を重要視する判断手法を採用してしまっており、これについては形式的要件中の実質化の制約・限界を超えた解釈論であると言わざるを得ないものと思われるところである。
(注19)両法人の位置関係については西新宿地域(東京都渋谷区代々木)の地図を参照。また、本件財団法人の役員については本稿執筆時の本件財団法人ウェブサイトで確認する限り、被告関係者も就任されているようである。
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【2】【8/1開催】「オンライン著作権講座 中級」開催のお知らせ
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今年度初となる、JRRC著作権講座”中級”を開催いたします。
本講座は知財法務部門などで実務に携わられている方、コンテンツ ビジネス業界の方や以前に著作権講座を受講された方など、著作権に興味のある方向けです。講師により体系的な解説と、最新 の動向も学べる講座内容となっております。エリアや初級受講の有 無やお立場にかかわらず、どなたでもお申込みいただけます。
今回は特集として、①著作物の境界領域等について②AIによる情報解析と生成物についてを取り上げる予定です。
参加ご希望の方は、著作権講座受付サイトよりお申込みください。
★日 時:2024年8月1日(木) 10:30~16:50★
プログラム予定
10:35 ~ 12:05 知的財産法の概要、著作権制度の概要1(体系、著作物、著作者)
12:05 ~ 13:00 休憩
13:00 ~ 13:10 JRRCの紹介
13:10 ~ 14:15 著作権制度の概要2(権利の取得、権利の内容、著作隣接権)前半
14:15 ~ 14:25 休憩
14:25 ~ 15:30 著作権制度の概要2(権利の取得、権利の内容、著作隣接権)後半
15:30 ~ 15:40 休憩
15:40 ~ 16:40 著作権制度の概要3(保護期間、著作物の利用、権利制限、権利侵害)
16:50 終了予定
★ 詳しくはこちらから ★
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JRRC代表理事 川瀬真
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