JRRCマガジンNo.360 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)23 権利の例外(6) 無効とされた私的使用のための個人的複製に関する例外規定

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JRRCマガジン  No.360 2024/3/7
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)
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皆さま、こんにちは。

花粉症には辛い季節となりました。
いかがお過ごしでしょうか。

さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についてです。

今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/

◆◇◆【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━━━━━━━━━
Chapter23. 権利の例外(6):無効とされた私的使用のための個人的複製に関する例外規定
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                              明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也

1.はじめに

イギリス著作権法の第1部「著作権」の第3章は「著作物に関して許された行為」を規定しています。権利の制限・例外に関する規定です。

この第3章には、第28条から第76A条まで規定があります。それらの規定の中には、「フェアディーリング」という要件がある場合と、それがないため「フェア」という要件を裁判所が判断しない場合との2種類が存在します。

前回までは、フェアディーリング規定を中心に見てきました。今回は、フェアディーリング規定以外の例外規定について、イギリスにおける私的使用のための個人的複製に関する規定をめぐる状況について紹介したいと思います。これは、一旦導入されたが、その後、ほんの短期間の間で無効とされた条文についてのお話です。

2.私的使用の複製を一般的に著作権の例外とする規定の不存在

日本の著作権法では、著作物を個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(「私的使用」)を目的として、その使用者が複製することは、著作権の制限に該当するとしています(第30条)。

この規定があるので、たとえば、インターネット上の画像やテキストをハードディスクに保存して利用したり、テレビ番組をハードディスクレコーダーに保存したりすることについて、著作権者の許諾をいちいち得る必要がないことになります。

これに対して、イギリス著作権法には、日本の著作権法第30条のような一般的な私的使用目的の複製に関する権利制限はありません。したがって、たとえば、ある者が音楽CDを購入してそれをコンピュータに保存して複製することも、形式的には著作権侵害となります。

これは私的使用目的をもつ個人の私的な領域での行為が、一般的に著作権侵害を構成するということは、私的領域での自由という観点からみて、とても問題であるようにも思えます。しかし、過去にこの問題について触れたガワーズ報告書によると、イギリス国民は、こうした行為が法律上禁止されていることを知らないか、無関心であるといわれていました(HM Treasury, Gowers Review of Intellectual Property (HMSO, 2006), para 4.72)。

このことは、イギリスの社会通念と法律(著作権法)との間に大きなギャップがあるとも言えます。ただ、社会通念が法律を気にしないのは、いくつかの理由があると思います。ひとつは、著作権法における刑事罰適用のハードルが比較的高いことです。

イギリス著作権法には、著作権侵害について刑事罰を課すためには、条文上、販売や賃貸のための作成であることや、業務の過程における、という要件があります(著作権法第107条第1項(a), (d)(iv))。また、侵害物の輸入に関しては、私的および家庭内の使用のため以外の場合でないと刑事罰の対象にはなりません(著作権法第107条第1項(b))。また、業務の過程以外の場合、著作権者を害する影響を与える程度にまで頒布する場合が刑事罰の対象となります(第107条第1項(e))。

したがって、個人的な複製であれば、一般的には刑事罰の適用対象にはならないわけです。この点について、日本法でも、私的使用目的をもつ複製は、いくつかの例外を除いて、基本的には刑事罰の対象にはなりません(第119条第1項)。ただ、イギリス法の方が、少なくとも条文の要件上は、全体的に刑事罰のハードルは高いように思われます。

刑事罰が適用されるおそれがなければ、あとは民事上の請求を受ける可能性だけが問題となりますが、CD1枚を複製したところで著作権者に生じる損害は微々たるものです。執行コストを考えると、著作権者による権利の執行可能性はほぼないでしょう。

そうしたことを考えると、イギリス国民が、こうしたことについて無関心でいるのは、きわめて合理的な判断であるとも言えます。それでも関心をもち恐れる人がいるとすれば、高度な著作権道徳を備えているか、あるいはコピーライト・フォビアとでもいうべき人々なのかもしれません。

3.私的録音録画補償金制度の不存在

他方で、私的複製も原則として著作権侵害であるということは、ヨーロッパ諸国や日本でも一般的に採用されている私的録音録画補償金制度がイギリスには存在し得ないことを意味します。なぜなら、私的複製は原則として違法であるため、代償となる制度を採用する必要がないわけです。

イギリスはすでにEUの加盟国ではありませんが、EUの情報社会指令第5条第2項(b)によると、私的複製の制限規定を認める制度は、「公正な補償」(fair compensation)を権利者に付与するなどの一定の条件のもとでのみ許容されます。

しかし、私的複製の制限規定を導入するかどうかはEU加盟国であっても任意です。導入しなければ公正な補償を著作権者に与える必要もないのです。つまり、著作権者は、補償金に頼るのではなく、単なる権利侵害なのだから、利用者とのライセンスや権利行使を通して、自分で利益を確保しなさいということになります。しかし、実際には、そうした権利執行は著作権者にとって、コスト倒れに終わるだけで、ほとんど意味がありません。

4.私的使用のための個人的複製に関する規定の導入とその無効化

イギリスでも、たとえば、私的学習を目的とするフェアディーリングは認められていますので(著作権法第29条第1項)、学習用に本をコピーしたりすることは著作権侵害になりません。また、放送番組を後で見ることを目的に録音・録画すること(タイムシフト)については、私的および家庭内の使用のために家庭内で複製するのであれば、著作権侵害になりません(第70条)。

しかし、イギリス著作権法には、私的使用のための複製を一般的に著作権の例外とする規定はありませんでした。とはいえ、個人が私的に行うフォーマットシフトによるコピーが認められないと、個人の著作物利用にとって制約が大きいことは明白です。そのため、2011年のハーグリーヴス報告書(政府から諮問を受けて作成された報告書)において、自分やその家族が異なるメディアで使用するために個人がコピーを作成することを認める著作権の例外規定を設けるべきであるという提案が示されました(Ian Hargreaves, Digital Opportunity: A review of Intellectual Property and Growth (2011), paras 5.27-5.30)。

ハーグリーヴス報告書を受けてなされた2014年規則(Copyright and Rights in Performances (Personal Copies for Private Use) Regulations 2014)に基づく法改正では、個人が私的使用のために、CDなどの著作物を適法にコピーできるようにすることを想定しつつ、EUの情報社会指令第5条第2項b号が許容している私的使用目的の個人的複製についての例外規定(イギリス著作権法第28B条)が設けられるに至りました。

しかし、この規定については、権利者3団体(British Academy of Songwriters, Composers and Authors (BASCA)、Musicians’ Union (MU), UK Music)による訴えがおこり、2015年のイギリス高等法院の判決によって、当該規定は将来に渡って無効とされるに至りました。その判断の主な理由は、同条が、権利者への公正な補償のメカニズムを欠いているということによります(BASCA v Secretary of State for Business, Innovation and Skills [2015] EWHC 1723 (Admin), [2015] RPC 26 [273])。

EU法、つまり情報社会指令は、私的複製の例外を設けるとしたら、公正な補償を提供しなければならないとしていました。それにも関わらず、EU加盟国であったイギリスが、そのような補償規定を設けずに、私的複製の例外を導入する2014年規則を設けたことは、違法であるとされたのです。

所管官庁のビジネス・イノベーション・技能省は、この新規制を導入する際に、損害はゼロか軽微であるから、補償金は不要であるという判断をしたのですが、これに対して2015年の高等法院判決は、政府が依拠した証拠によれば、損害が「僅少(de minimis)」であるという主張を正当化するものではないとの判決を下したのです。

権利の例外規定において、補償金メカニズムを設けていれば済んだ話なのでしょうか、イギリス著作権法には、権利の例外を著作権者への補償金の付与を条件に認めるという発想が基本的にありません。ある国の法制度において、過去から積み上げてきた制度の基本設計を歪めることは、なかなかできないものです。影響が制度全体に及ぶからです。

5.おわりに

その後、今に至るまで、廃止された著作権法第28B条が息を吹き返すようなことはありませんでした。しかし、イギリスはEUを離脱しましたので、立法によってEU法からの逸脱をすることはより容易になったかもしれません。

しかも、「2023年保持されたEU法(廃止・改革)法」(Retained EU Law(Revocation and Reform)Act 2023, 2023 c.28)により、2023年12月31日より以降、著作権関連分野のものも含めた「保持されたEU法」の大部分は「同化された法」と改称されるとともに、控訴院等の上級裁判所が「保持されたEU 判例法」(「同化されたEU 判例法」と呼ばれることになる)から逸脱することも、一定の要素を考慮する必要はあるものの、これまでよりも容
易となりました(保持されたEU法については、本連載Chapter4. 基本的な概念(3)参照)。

イギリスがEUからの離脱が本格的な軌道に乗るなかで、将来的に、無効とされた著作権法第28B条に新たな動きがあるのか、公正な補償のメカニズムを持たない私的複製規定を設けるようなことを再びするのかどうか、少し興味があるところです。

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