JRRCマガジンNo.310 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)12 著作権(2)

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JRRCマガジン  No.310 2023/03/02
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お詫びと訂正 
初出時「2.5.2(2)ある書籍の複製物が」の段落の最後の文に誤りがありました。
 誤:「イギリスでの輸入と販売は基本的に頒布権を侵害しません。」
 正:「イギリスでの輸入と販売は基本的に頒布権を侵害します。」
お詫びして訂正させていただきます。

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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)12
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皆さま、こんにちは。

寒さの中に春の気配を感じる頃となりました。
いかがお過ごしでしょうか。

さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についての続きです。

今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/

◆◇◆イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
 Chapter12. 著作権(2)
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                 明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也

1. はじめに
今回は、イギリス著作権法(1988年CDPA)における著作権のうち、公衆への頒布権(18条)について、日本の著作権法において相当する権利との比較の視点から、見ていきます。

2. 公衆への頒布権

2.1. はじめに
頒布権は、すべての種類の著作物に与えられています(18条1項)。イギリス著作権法の条文では、この権利について複製物の公衆への配布(issue of copies to the public)と表現をしていますが、EU指令が、これに相当する行為について頒布(distribution)という用語を使用しているため(情報社会指令4条)、イギリス著作権法の書籍では、頒布権(distribution right)という言葉が用いられています。そこで、ここでは、頒布ないし頒布権という言葉で説明をすることにします。

ところで、このすべての種類の著作物に与えられているイギリスの頒布権ですが、日本の著作権法で言えば、おおむね映画の著作物に関する頒布権(26条)と、映画の著作物以外の著作物に関する譲渡権とに相当するものです。もちろん、日本における映画の著作物の頒布権には、貸与という利用行為も対象に含まれるなど、さまざまな違いはあります。

なお、ここでは、イギリス著作権法におけるdistribution rightのことを頒布権と訳しました。日本の著作権法では、頒布権という用語を映画の著作物に対する権利に限定しているため、映画の著作物の頒布権のことをdistribution right、その他の著作物に関する譲渡権のことをright of transferといった形で訳することがあります。

2.2. 頒布
イギリス著作権法18条では、複製物の公衆への配布に対して権利を与えています。たとえば、書籍の複製物を公衆に配布する場合には、頒布権が及びます。

配布する者と頒布する者とは常に同じわけではありませんが、配布者に対して頒布権を行使する場合、その相手方が自ら複製した複製物であるか否かは、権利行使の可否に影響を与えません。複製物を作った者以外の頒布に関しても、サプライチェーンの中のいずれかにおいて公衆への配布を行う者があれば、その者に対して頒布権を行使することができます。

ただし、後述するように権利の消尽がありますので、違法な複製物であれば権利は及びますが、いったん適法に流通に置かれた後の、その後の複製物の公衆へのあらゆる配布行為に対して、頒布権の行使ができるわけではありません。

なお、著作物の複製物の配布には、原作品の配布を含むとされています(18条4項)。この点は、日本の著作権法における譲渡権も同様です(日本著作権法26条の2第1項)。

2.3. 複製物(コピー)
頒布権は、著作物が有体物に複製されたものに適用されます。電子的な複製物が電子メールへ添付されて、送信されるような場合には、公衆への伝達権の対象として扱われます(20条)。

2.4. 公衆
公衆の概念についてはイギリスでもさまざまな議論があり、頒布権の文脈以外において、判例法があるようですが、それを頒布権の文脈にそのまま移行することはできないようです。

イギリスにおける知的財産法の基本的なテキストの一つでは、「通常の意味からすれば、『公衆』に限定することによって、家族ネットワークなどの小規模な個人ネットワーク内や企業内(子会社間を含む)での侵害コピーの頒布は、責任の対象から除外されることになる。しかし、独立した立場にある2つの個別の事業体間における複製物の移転、例えば卸売業者から小売業者への移転は、「公衆」への頒布に該当するように思われる」と述べられています(L. Bently, B. Sherman, D. Ganjee, P. Jonson, Intellectual Property Law (6th edition, OUP, 2022) p.163)。

2.5. 頒布権の消尽

2.5.1. 権利消尽の原則と映画の頒布権に関する日英の相違
著作権者により、またはその許諾を得て、いったんイギリスまたはEEA(欧州経済領域)域内で流通に置かれた複製物に対しては、以後の流通過程における配布に関して頒布権は及びません(18条2項)。頒布権の消尽が成立するためには、販売または譲渡の行為が、著作権者またはその者の同意に基づいてなされたものでなければなりません。いわゆる権利消尽の原則です。

日本の著作権法においても、譲渡権については著作権法に消尽の原則が規定されていますし(日本著作権法26条の2第2項)、頒布権についても、判例法により、頒布権のうち譲渡する権利について、公衆に提示することを目的としない映画の著作物の複製物に関しては(家庭用テレビゲーム機用のゲームソフトなど)、最初の譲渡によりその目的を達成したものとして消尽すると考えられています(最判平成14年4月25日民集56巻4号808頁[中古ゲームソフト大阪事件上告審])。

日本法では、劇場用映画のフィルムの複製品(プリント)の数次に渡る貸与を前提とした、いわゆる「配給制度」という取引実態のあった映画の著作物又はその複製物については、これらの著作物等を公衆に提示することを目的として譲渡し、又は貸与する権利(日本著作権法26条、2条1項19号後段)が消尽しない、と解されてきました。

これに対して、イギリス著作権法における頒布権の消尽については、頒布権自体が映画に限定されたものではありませんので、このような限定はありません。したがって、頒布権の消尽に関して、映画に関しても特に例外的解釈は行われません。

また、日本における映画の配給制度は、プリントのレンタルに、映画の著作物の頒布権を及ぼすものでした。これに対して、イギリス著作権法における頒布権には、貸与の権利(レンタル権)は含まれません。レンタル権は、映画を含めた幾つかの著作物に別途用意されているからです。

そして、イギリス著作権法の下では、映画館が、映画を公衆に対して上映することを目的に、映画配給会社から映画フィルムをレンタルすることは、レンタル権の範囲外と解されています(18条3項(a)。(See G. Harbottle, N. Caddick, U. Suthersanen, Copinger and Skone James on Copyright (18th edition, Sweet & Maxwell 2021) para, 7-126)。映画について、上映のための配給(貸与)は頒布権の対象としていない点は、日本の著作権法の前提とするところと異なるようです。なお、映画の上映自体には、別途、公の上映権が及びます(19条)。

2.5.2. イギリス国内およびEEAの域内消尽

イギリス著作権法における頒布権の消尽は、イギリス国内およびEEAにおける域内消尽を意味しています。

ここで、EEAについて少し説明を付け加えます。EEAは、欧州自由貿易連合(EFTA)の加盟国が、欧州連合(EU)に加盟することなく、EU単一市場に参加できるよう設置された枠組みです。EEAの構成国は、EUの立法には参加しませんが、原則的にEUの法規制を受けることになります。EEAの現在の構成国は、EU加盟国(計27ヶ国)のほか、スイスを除くEFTA加盟国(計3ヶ国:アイスランド,ノルウェー,リヒテンシュタイン)の計30カ国となります。

イギリスはEUを離脱しましたし、EEAにも参加していません。EU離脱に伴い、1988年CDPA18条の規定も大きく修正されたのですが、イギリス国内のみならず、EEAにおける域内消尽の効果は残した模様です。

また、イギリス著作権法18条3項は、以前に流通に置かれた複製物の以後の頒布、販売、レンタル又はレンディング(以下、頒布等とします)については、頒布権は及ばないとしています(他方で、レンタル・レンティング権は及びます)。

したがって、これらの条文を単純化してその具体例を説明すると、次のようになります。

まず、(1)ある書籍の複製物が、著作権者の許諾を得てイギリスまたはEEAで流通に置かれた場合、イギリスまたはEEAにおけるその後の頒布等について、著作権者による頒布権の許諾は不要となります。たとえば、ある書籍がその著作権者の同意を得てフランス(EU加盟国なので、EEAの構成国にもなる)で市場に置かれた後、イギリスに輸入されて販売された場合、イギリスでの輸入と販売は基本的に頒布権を侵害しません。

また、(2)ある書籍の複製物が、著作権者の許諾を得ずにイギリスまたはEEAで流通に置かれた場合、イギリスまたはEEAにおけるその後の頒布等をすることは、頒布権の侵害となります。たとえば、ある書籍がその著作権者の同意を得ずにフランス(EU加盟国なので、EEAの構成国にもなる)で市場に置かれた後、イギリスに輸入されて販売された場合、イギリスでの輸入と販売は基本的に頒布権を侵害します。

これに対して、(3)ある書籍の複製物が、著作権者の許諾を得てイギリスまたはEEA以外の地域(たとえば日本)で流通に置かれたとしても、著作権者の許諾を得ずにイギリスに輸入し、販売する場合、イギリスにおいて頒布権の侵害となります。つまり、イギリスの著作権者は、イギリスまたはEEA域外からのイギリスへの並行輸入を防止することができます。

このようにイギリスは、頒布権に関しては、EEA域外および国際的な消尽を否定しています。これに対して日本の著作権法では、国外で適法にいったん市場に流通した著作物の原作品や複製物については、日本における譲渡権は消尽するとして、国際的な消尽を認めています(日本著作権法26条の2第2項5号)。イギリスと日本の市場の状況を比較すると、イギリス国内でそのまま流通し得る英語ベースの著作物が国内に環流することを防止する利害は、日本よりも大きいかもしれません。

3. おわりに
劇場用映画 の配給制度は、大きく変化をしているところです。日本でも、今後、デジタルシネマパッケージ(DCP)配信による配給が進めば、配給会社から興業会社(映画館)に対する、フィルムやDCPファイルが入ったハードディスクドライブの貸渡しを経由した配給制度をめぐる法的議論も、過去のものとなっていくと思われます。

権利者から許諾を得ているデジタル配信に基づいて、送信先である利用者の手元にデジタルデータが残っている場合に、そのデータを利用者側が、再度市場に置くことについては、どのように評価するべきでしょうか。

映画の配給の分野では、契約で対応できる部分が多いでしょうが、データの配信が一般消費者向けであるなど、そうでない場合には問題となりますし、利用許諾契約のような約款で処理するのだとしても、とりわけ対価を得て複製物を獲得した最終消費者の利益保護については、十分に考慮しなければならない課題といえます。

こうした問題に関しては、デジタル消尽の問題と呼ばれて議論される問題ですが、欧州では、デジタル消尽をめぐる議論が盛んに展開されているところです。欧州司法裁判所は、コンピュータプログラムについて、限定的にデジタル消尽を認める判断を下している一方で(UsedSoft GmbH v Oracle International Corp, Case C-128/11, EU:C:2012:407)、電子書籍に関してこれを否定しています(Nederlands Uitgeversverbond and Groep Algemene Uitgevers v. Tom Kabinet Internet BV and Others, Case C-263/18, Opinion, EU:C:2019:697)。

イギリスは、EUから離脱をしたわけですが、デジタル消尽について、いずれの方向に進むのでしょうか。第1回でみたように、保持されたEU法にしたがって解釈していくのか、それともイギリス独自の解釈を展開していくのでしょうか。イギリスでの議論の新たな展開も、注目されるところです。

次回は、引き続き、いままでみた権利以外の著作権について、レンタル権・レンディング権から見ていく予定です。

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