JRRCマガジンNo.376 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)27 著作物の利活用

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JRRCマガジン  No.376 2024/7/4
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)
【2】2023年度実績を公開しました。
【3】受付中! 無料オンライン著作権セミナー
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皆さま、こんにちは。

今日7月4日は「梨の日」
な(7)し(4)の語呂合わせにちなみ、梨の生産が盛んな鳥取県の二十世紀梨を大切にする町づくり委員会が制定したそうです。

さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についてです。

今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/

◆◇◆【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
 Chapter27. 著作物の利活用
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                              明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也

1.はじめに

イギリスの著作権法を含む知的財産権法制度は、権利者の保護と侵害の抑止を目的として、多様かつ効果的な民事救済手段を提供しています。これらの救済手段は、主に判例法と制定法によって形成されており、欧州連合(EU)法の影響も受けてきました。今回は、主要な救済手段について概略を説明します。

2.差止命令

差止命令は、侵害行為の停止または予防を命じる裁判所の命令です。これは最も重要な救済手段の一つであり、暫定的差止命令(interim injunctions)と終局的差止命令の2種類があります。

暫定的差止命令は、本案審理前に申し立てられ、迅速な保護を提供することを目的としています。この判断基準は、1975年のAmerican Cyanamid Co v Ethicon Ltd事件([1975] AC 396)における貴族院判決により確立されました。これによると裁判所は以下の点を考慮して判断することになります:

a) 本案で審理すべき重大な問題があるか
b) 暫定的差止命令が認められないときに原告に生じる損害が、損害賠償で十分に補償されるか
c) 損害賠償による救済に疑義がある場合、利益衡量(どちらの当事者がより大きな不利益を被るか)
d) 利益が均衡している場合、現状維持

a) については、原告が本案で勝訴できる現実的な見込みについて疎明が必要であることを意味します。また、b) については、暫定的差止命令が認められない場合、原告には損害が生じるわけですが、原告が勝訴した場合に、その損害が被告による損害賠償で十分に補償されるのであれば、暫定的差止は認める必要はないことになります。

裁判所は、これらの要素を総合的に検討し、暫定的差止命令を認めるかどうかを決定します。申立人は通常、被申立人が被る可能性のある損害を補償するための担保を提供する必要があります。

終局的差止命令は、本案審理後に認められる恒久的な命令です。著作権や特許権などの排他的権利の侵害が認められた場合、通常は終局的差止命令が認められます。ただし、裁判所には裁量権があり、例えば侵害が些細なものである場合や、差止めによって被告が不当に大きな不利益を被る場合には、差止命令を拒否し、代わりに損害賠償のみを命じることがあります(Laddie Prescott and Victoria (Laddie et al.), The Modern Law of Copyright, vol.1, 5th ed., LexisNexis Butterworths, 2018, para. 26.14参照)。

3.損害賠償

イギリスの著作権法では、侵害に対する最も一般的な救済手段として損害賠償が認められています。損害賠償の目的は、侵害行為がなかった場合の権利者の状態を回復することであり、加害者を罰することではありません。

損害賠償の計算方法には主に2つのアプローチがあります。1つは「逸失利益」に基づく方法で、権利者が侵害行為によって失った利益を算定します。もう1つは「ロイヤリティ」に基づく方法で、侵害者が正規にライセンスを受けていた場合に支払うべきだった使用料を算定します。裁判所は状況に応じて適切な方法を選択します。

さらに、著作権法には追加的損害賠償(additional damages)の制度があります(著作権法97条2項、191J条)。これは、侵害の悪質性や侵害者が得た利益などを考慮して、通常の損害賠償に加えて認められる賠償金です。

また、著作権侵害が「無知(innocent)」によるものであった場合、つまり侵害者が著作権の存在を知らず、かつ知るべき理由もなかった場合、損害賠償は認められない可能性があります(97条1項)。ただし、被告の側で、その権利が存在することを知らず、または理由を持っていなかったことを証明する責任があります。

また、被告は、すべての関連法を知っていると推定されるため、法律を知らないと言う理由で、この無知の抗弁が認められることはありませんし、この抗弁は、事実上その著作物に著作権が存在しないと合理的に信じられる場合にのみ利用可能であると考えられています(Laddie et al., para. 26.33)。

4.利益の計算(account of profits)

著作権侵害が認められる場合、著作権者は、填補賠償としての損害賠償のほか、エクイティに起源をもつ救済として、被告が侵害品によって得た利益の返還を請求することができます(著作権法96条2項、191I条2項)。

ただし、著作権者の損害と侵害者の利益とが関連しない場合であっても、損害賠償と利益の計算の双方を請求することはできません(L. Bently, B. Sherman, D. Ganjee, P. Jonson, Intellectual Property Law (6th edition, OUP, 2022) p.1376)。なお、被告が得た利益の額は、純利益を意味しています(Delfe v Delamotte(1857) 3 K. & J. 581)。

裁判所は、侵害者が侵害について悪意である場合には侵害者利益を認めるものの、完全に善意である場合には、侵害者利益を認めないとされています(Sir Terence Orby Conran v Mean Fiddler Holdings Ltd [1997] F.S.R. 856 at 861)。

また、裁判所は、侵害者の利益が多い場合でも、填補賠償が十分な額であるという理由で利益の計算の主張を排斥することはしません(Wienerworld Ltd v Vision Video Ltd [1998] F.S.R. 832)。

利益の計算は、非財産的な権利(モラルライツ等)の侵害には適用されません(Devenish Nutrition Ltd v Sanofi-Adventis SA (France) [2008] EWCA Civ 1086 at paras 75 and 115.)。

原告は、利益を計算するためのディスクロージャーを求めることができ、この場合、侵害者は、印刷・販売された数量等に関する完全な明細を提出する必要があります(Stevens v Brett (1863) 12 W.R. 572, G. Harbottle, N. Caddick, U. Suthersanen, Copinger and Skone James on Copyright (18th edition, Sweet & Maxwell 2021) para 21-328(以下、Harbottle et al.とする)が引用する判例)。

5.侵害品の引渡し・廃棄

侵害品の引渡しや廃棄を命じる権限は、裁判所のもつ固有の権限と、制定法によって与えられた権限の両方に基づいています(Laddie et al., para. 26.43)。

制定法としての著作権法は、侵害複製物又は侵害物品に関する広範な引渡し・廃棄の権限を裁判所に与えています(著作権法99条)。これには、侵害品だけでなく、侵害品の製造に使用された器具なども対象に含まれます。また、権利者自身が侵害品を押収する権限も規定されています(100条、195条)。

裁判所は、侵害品の引渡しや廃棄を命じるかどうか、またどのような方法で行うかについて広範な裁量権を持っています。例えば、完全な廃棄ではなく、侵害部分の除去や修正を命じることもあります。また、侵害者の事業に与える影響や、他の救済手段(損害賠償など)の十分性なども考慮されます(Laddie et al., para. 26.51参照)。

6.情報開示命令

情報開示命令は、知的財産権侵害の証拠収集や侵害者の特定に重要な役割を果たす救済手段です。この命令の中で最も有名なのがノーウィッチ・ファーマカル命令(Norwich Pharmacal orders)と呼ばれるものです。

ノーウィッチ・ファーマカル命令は、1974年のNorwich Pharmacal Co. & Others v Customs and Excise Commissioners事件([1974] AC 133)で確立された原則に基づいています。この命令により、権利者は侵害に直接関与していない第三者(例えば、インターネットサービスプロバイダーや銀行)に対して、侵害者の特定や侵害の証拠に関する情報の開示を求めることができます。

裁判所がノーウィッチ・ファーマカル命令を発行するかどうかを判断する際には、いくつかの要素を考慮します。これには、申立人の主張する権利侵害の強さ、情報開示の必要性と比例性、第三者の負担、そして情報主体のプライバシー権などが含まれます。

著作権に関する訴訟でも、ノーウィッチ・ファーマカル命令を認めた事案があります。Golden Eye (International) Ltd and others v Telefonica UK Ltd事件([2012] EWHC 723 (Ch))では、Golden Eye International Ltd と 13 社のポルノ映画製作会社は、O2 として取引するTelefonica UKに対して、成人向け映画に対する著作権侵害をビットトレントのピアツーピアファイル共有システム上で行ったと原告側が主張する顧客の氏名と住所の開示命令を求めた事案です。

高等法院は、ピアツーピアファイル共有による著作権侵害に使用されたとされる2,845のIPアドレスに関する個人情報(名前と住所)のGolden Eyeと13社のポルノ映画製作会社のうち1社に対する提供をO2に強制する命令を下しました。

この訴訟は、ノーウィッチ・ファーマカル命令を利用したいわゆる「投機的請求」(著作権侵害の疑いのあるファイル共有者を特定し、その連絡先情報を入手した上で、訴訟の可能性を示唆して支払いを要求する手紙を送る行為)の問題としても議論の対象となりました。

この事案では、さまざまな要因を適切に判断するアプローチにより、原告のうち2社に対してのみ開示を認めました。

なお、上記は2012年の裁判でしたが、同様の請求を行なった2019年のMircom International and Golden Eye International v Virgin Media and Persons Unknown [2019] EWHC 1827 (Ch)の裁判では、原告らが本気で誰かを訴える意図があるか確認ができないという理由からNorwich Pharmacal命令は下されませんでした。

7.中間的救済

上記の救済手段に加えて、裁判所はさまざまな中間的救済(本案審理の前や訴訟過程で裁判所が命じることができる暫定的な救済措置)を命じる権限を持っています。

こうした中間的救済として、民事訴訟規則(Civil Procedure Rules: CPR)に規定されている被申立人の資産を凍結し、判決の執行を確保する凍結命令(freezing injunction)、証拠隠滅を防ぐため被申立人の施設を捜索し証拠を保全する捜索命令(search order)(13 CPR PD25A 6, 7)などがあります。

8.おわりに

イギリスの知的財産権侵害に対する民事救済制度は、長年の判例法と制定法の発展に裏付けるとともに、EU法の影響も受けてきました。

今回紹介した救済方法の他にも、イギリスでは著作権侵害に関するサービス・プロバイダに対する裁判所による差止命令、いわゆるサイトブロッキング命令が、著作権法97A条および第191JA条に規定され、権利者によって積極的に活用されています。

イギリスでは、権利者に多様な救済手段を提供する一方で、被告の利益にも配慮し、裁判所に広範な裁量権を与えています。事案の具体的な状況に応じて、裁判所が最も適切で効果的な救済が選択できるように設計されており、著作権を含めた知的財産権の保護と侵害の抑止に役立っているものと思われます。

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【2】2023年度実績を公開しました。
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2023年度実績を公開しました。
詳細は当センターHP ディスクロージャー をご参照ください。

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【3】受付中! 無料オンライン著作権セミナー
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この度、日本複製権センターは主に官公庁の方を対象とした、「官公庁向け著作権セミナー」を開催いたします。第6回開催のテーマは『新聞等の著作権保護と著作物の適法利用』です。
著作権のより一層の保護を図るために、著作権の基礎知識の普及と複製を行う際に必要となる契約についてご案内させていただきます。
なお、本セミナーは官公庁の方に限らずどなた様でもご参加いただけますので、多くの皆様のご応募をお待ちしております。
※第5回開催の官公庁向け著作権セミナー(北関東・甲信越地方)の内容と一部重複いたしますので、予めご了承ください。 

★開催要項★
日 時 :2024年7月19日(金) 14:00~16:00
会 場 :オンライン (Zoom)
参加費 :無料
主 催 :公益社団法人日本複製権センター
参加協力:朝日新聞社、毎日新聞社、読売新聞社、産経新聞社、北海道新聞社、室蘭民報社、十勝毎日新聞社、苫小牧民報社、埼玉新聞社、神奈川新聞社、千葉日報社、中日新聞社(東京新聞)、日本経済新聞社

~~プログラム~~

14:00 ~ 14:05 開会・諸連絡
14:05 ~ 14:40 【1】新聞等の著作権保護と著作物の適法利用
14:40 ~ 15:00 【2】著作権担当者のひとりごと ~神奈川新聞社の許諾手続きについて~
15:00 ~ 15:05 休憩
15:05 ~ 15:25 【3】新聞記事を巡る著作権侵害の事例
15:25 ~ 15:40 【4】JRRCからのご案内
15:40 ~ 15:55 質疑応答
15:55 ~ 16:00 閉会

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