JRRCマガジンNo.421 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)35 イギリスにおける音楽産業と著作権2

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JRRCマガジン  No.421 2025/6/5
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)
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皆さま、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

本日6月5日は「世界環境デー、環境の日」
世界環境デー(World Environment Day)、または環境の日とは、毎年6月5日に、世界中で環境保全の重要性を認識し、行動を促すために定められた記念日です。日本でも環境基本法によって、6月5日を環境の日と定めており、6月を環境月間として、様々な取り組みが行われます。

さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についてです。

今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/

◆◇◆イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━

 Chapter 35. イギリスにおける音楽産業と著作権(2)

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              明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也

1. はじめに

今回は前回に引き続き、イギリスにおける音楽産業と著作権の問題について、日本との比較の視点でみていきます。イギリスと日本の音楽産業を比べると、市場構造や権利管理の仕組み、そしてグローバル展開の仕組みについて、いくつか顕著な違いが見られます。

2. 市場規模と構造

まず市場規模と構造について、日本は米国に次ぐ世界第2位の音楽市場でありながら、その収益構造は依然としてフィジカル偏重型です。日本レコード協会(RIAJ)の報告によれば、2024年時点で日本の音楽ソフト売上の62.5%がCD等のフィジカル製品によるものでした(日本レコード協会『日本のレコード産業2025』(2025年)1頁)。

このフィジカル比率は欧米諸国より突出して高く、例えばイギリスでは同年時点でフィジカルの売上は消費の一部(LPが9.9%、CDが6.8%)に過ぎません(G. Harbottle, N. Caddick, U. Suthersanen, Copinger and Skone James on Copyright (19th edition, Sweet & Maxwell 2025) para, 29-123)。

日本ではインターネット普及率やスマホ所有率が極めて高いにもかかわらず、音楽の購入・消費では長らくCD中心の文化が根強く残っています。しかし近年、その構造にも変化が生じ始めています。

先ほどの日本レコード協会による最新データでは2024年時点でもフィジカルが市場の約62.5%を占めていますが、ストリーミングを含むデジタル音楽配信の売上も年々拡大し、2022年には日本でデジタル音楽配信(ストリーミングだけでなく、シングルトラック、アルバムのダウンロード等も含む)の売上が統計開始以来初めて1,000億円を超えました。

ストリーミングのみでも2023年には1,000億円を超えています(1,056億円)。ストリーミングの収益は、2024年も前年比107%と数字を伸ばしており、日本でも徐々にデジタルシフトが進んでいます(数値については、前掲・日本レコード協会『日本のレコード産業2025』3頁参照)。

2024年に楽天ブックスが調査したアンケートによれば、CDの購入動機について、1年以内にCDを購入したことがあると回答した現役の学生にCDを購入する理由を質問したところ、「アーティストを応援したいから」(81.1%)が1位、「作品を手元に持っておきたいから」(69.7%)が2位であったとされます(「楽天ブックス」、卒業シーズンに向けて、ユーザーが選んだ「年代別 思い出の卒業ソングランキング2024」を発表<https://corp.rakuten.co.jp/news/press/2024/0226_01.html>(2025年5月18日閲覧))

日本の音楽市場では、アイドル音楽の分野で握手券付きCDが販売されるということもありますが、これは「アーティストを応援したいから」という消費者の動機に応じたビジネスモデルといえるでしょう。こうした独自のファン文化がフィジカル比率を押し上げている面があるのだと推察されます。

イギリスに同様のファン文化はあるのかもしれませんが、少なくともデータを見る限り、音楽産業自体が、「CDを買って応援する」というファン文化の存在を期待したビジネスモデルにはなっていないように思われます。

3. 権利管理体制の違い

イギリスと日本の音楽分野には、権利管理体制にも違いがあります。前回のコラム(Chapter 34)でお話ししたように、イギリスでは、音楽著作権に関する権利管理は主にPRS for MusicとPPLの二本柱で運用されています。

PRS for Music(Performing Right Society for Music)は作曲家・作詞家(著作権者)向けの著作権管理団体で、楽曲の演奏権や公衆送信権といった楽曲(作詞・作曲)に対する権利を管理します。

これに対しPPL(Phonographic Performance Limited)はレコード製作者としてのレーベルやアーティストとしての実演家のための権利管理団体で、録音物(レコード)に関する権利を管理しています。

これに対して、日本の音楽著作権管理業界は、歴史的には、日本音楽著作権協会(JASRAC)が作詞・作曲者の権利(演奏権・複製権など)を管理してきました。JASRACは1939年に設立された非営利団体で、日本国内の楽曲の演奏利用や録音制作時の許諾業務を包括的に担い、集めた使用料を権利者に分配しています。

近年は、日本でも著作権管理事業法の下でNexToneなど新たな楽曲管理事業者が登場し、競争が起き始めてはいますが、依然として音楽著作権管理分野の市場規模1,487億円のうちJASRACが92.2%の1,371.6億円を占めており、相当な規模の市場をJASRACが占めています。

一方、イギリスでいうPPLに相当する録音物に関する権利管理団体については、日本では統一的な存在はありません。レコード製作者(レコード会社等)の権利管理は各社が直接行うか、業界団体である日本レコード協会が一部取りまとめを行う形になっています(放送二次使用料等の管理など)。

このように、日本では著作権(作詞・作曲)についてはJASRACやNexToneを中心とした管理体制である程度、効率化が図られている一方で、録音物の著作隣接権管理はイギリスと比べて分散していると言えます。

4. グローバル展開についての比較

最後にグローバル展開についての比較です。イギリスの音楽産業は伝統的にグローバル志向が強く、ビートルズ以降現在に至るまで英アーティストが世界的ヒットを飛ばす土壌があります。

イギリスの音楽産業は2023年に46億ポンド(約7,600億円)もの音楽の輸出による収入を上げています。ここでいう音楽の輸出とは、国外におけるレコード販売およびストリーミング、イギリスの著作権がある楽曲および録音物の演奏使用料、英国人アーティストのライブ公演、関連グッズの販売、ブランドとの提携収入およびその他の国外収益のほか、英国国内でのライブ公演に訪れる外国人観光客の支出も含まれています(UK Music, THIS IS MUSIC 2024, p.28< https://www.ukmusic.org/research-reports/this-is-music-2024/>(2025年5月18日閲覧))。

これは世界市場でイギリス産の音楽が大きな存在感を持っている証左です。イギリス出身のアーティストは世界中で楽曲が消費されるため、音楽産業が国境を越えて収益を上げる構造が出来上がっています。

一方、日本の音楽産業は長らく内向き志向が強く、巨大な国内市場に支えられて自給的に発展してきた経緯があります。そのため、日本人アーティストが欧米のチャートを賑わす例は多くなく、音楽の輸出額も市場規模の割に大きくはありませんでした。

しかしここ数年、ストリーミングの普及やアニメ・ゲーム音楽の人気上昇とともに、日本の音楽の海外展開に追い風が吹いています。実際、日本政府や業界もコンテンツの輸出産業化に力を入れ始めており、経団連はコンテンツ産業(音楽を含む)を2033年までに20兆円規模の市場に育てる構想を打ち出しています(一般社団法人 日本経済団体連合会, Entertainment Contents ∞ 2024- Act Now! -, <https://www.keidanren.or.jp/policy/2024/070_honbun.html>(2025年5月18日閲覧))。

2022年時点でも、日本由来コンテンツの海外売上は4.7兆円の規模とされており、日本由来コンテンツの海外売上は、鉄鋼産業、半導体産業の輸出額に匹敵する規模であることが指摘されています(コンテンツ産業官民協議会(第1回)(2024年9月)基礎資料
<https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/wgkaisai/contents_dai1/index.html>(2025年5月18日閲覧))

さらに、2024年には主要音楽団体が連携して「Music Awards Japan」の創設・開催(2025年5月)や海外ショーケースイベントを行うなど、世界に向けて日本人アーティストを発信する動きも活発化しているところです。

現在、日本発のアーティストが米国やアジアでチャートインする事例(例えばYOASOBIやBABYMETAL、アニメ主題歌の国際ヒットなど)も増えつつあり、日本の音楽産業もグローバル市場で存在感を高めようとする転換期にあります。言語の壁など、さまざまな障壁はありますが、イギリスのような長年の蓄積を持つ「音楽輸出国」に学ぶ点は大きいといえるでしょう。

他方で、音楽は文化でもあるため、安定した内需型経済があることは、国際的にみて独自色のあるコンテンツを生み出すうえで大切な要素となります。これは、内需市場が安定していることで、アーティストや音楽業界全体が短期的な流行や海外市場の動向に左右されることなく、自由に創作活動を行える環境が整うからです。国際市場を強く意識した経済構造では、国際トレンドに敏感に反応しなければならない状況も生まれます。安定した内需型経済は独自の文化的特色を育み、それが結果的に国際競争力にもつながるという側面があります。

5. おわりに

以上のように、イギリスの音楽産業は経済規模、国際展開、デジタル化の点で先進的な一方、日本の音楽産業はフィジカル中心の独自の市場構造と国内志向を特徴としてきました。それぞれの国で異なるプレーヤーや権利管理の運用が発達していますが、両国に共通して、音楽が文化と経済にもたらす価値は大きく、その産業振興に力を入れていることが指摘できるでしょう。

音楽産業は国ごとの特色を持ちながらもグローバルに繋がる存在であり、イギリスと日本の事例からは産業構造や政策の違いが浮き彫りになります。企業法務や文化経済に携わる方々にとって、こうした比較から得られる示唆は多いと言えるかもしれません。

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