JRRCマガジンNo.419 最新著作権裁判例解説30

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JRRCマガジン No.419   2025/5/22
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◆今回の内容
【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説
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皆さま、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

本日5月22日は「国際生物多様性の日」
1994年の「生物の多様性に関する条約」締約国会議で制定された国際デーの一つです。
当初は12月29日だったが、2000年の第5回条約締約国会議でもっと認知されやすい日附として「生物多様性条約」が採択された日である5月22日に変更するよう勧告が出され、それを受けて同年の国連総会で日付が変更されたそうです。

さて今回は濱口先生の最新の著作権関係裁判例の解説です。

濱口先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/hamaguchi/

◆◇◆━【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説━━━
最新著作権裁判例解説(その30)
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                              横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 濱口太久未

 今回は、大阪地判令和4年1月27日(令和2年(ワ)第11834号)〔テレビ番組でのイラスト放送事件〕を取り上げます。

<事件の概要>
本件は、イラストレーターである原告が、自己の著作物である別紙原告イラスト目録記載のイラスト(以下「本件イラスト」という。)を被告(テレビ番組の公式サイト上の絵画募集フォームに本件イラストを応募等した者)が無断で複製した上、原告のペンネームとは異なる著作者名によりテレビ番組の企画に応募するなどし、同番組において上記著作者名を表示して本件イラストが放送されたことにより、
本件イラストに係る原告の著作権(複製権,公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたとして、被告に対し、著作権に基づく本件イラストの複製及び譲渡の差止め(著作権法112条1項)並びに本件イラストの画像データ(以下「本件データ」という。)の廃棄(同条2項)を求めると共に、上記番組に係る放送局及び番組制作会社との共同不法行為(民法719条1項)に基づく1202万8000円の損害賠償並びにこれに対する不法行為の日である令和2年4月26日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案です。
 上記に関連する前提事実は以下の通りとされています。
・原告は、平成28年6月19日、自ら作成した本件イラストを原告筆名の名義で開設するSNS「ツイッター」のアカウント(以下「原告アカウント」という。)により投稿してこれを公表。
また、原告は、同年10月頃、イラスト集(以下「本件イラスト集」という。)を出版したが、本件イラスト集には掲載されたイラストの著作者名として原告筆名が表示され、また、本件イラストもこれに掲載。
さらに、本件イラストは、令和元年9月10日以降、「コンビニプリント」と称するサービスにより、全国のコンビニエンスストアでその複製物を購入し得るようになっているところ、そのサービス提供に当たり、原告筆名が著作者名として表示。
・他方、日テレは、令和元年12月1日、本件番組(「明石家さんまの転職DE天職」)に係る公式サイトに「絵画投稿募集」のフォーム(以下「本件募集フォーム」という。」)を設置し、作品の募集を実施。被告は、これを通じて本件イラストを応募し、いまじん(日テレから本件番組の制作業務の委託を受けている者)に本件データを提供(以下「本件応募行為」という。)。
いまじんは,被告から提供を受けた本件データを更に複製して本件番組の制作業務を遂行。その際,被告は,いまじんに対し,本件イラストの著作者の筆名が「X2 45歳」である旨を伝達。いまじんは,本件番組で本件イラストを取り上げるにあたり,画商に著名作品の盗作でないことを確認すると共に,被告に対して電話で筆名の確認等をしたものの,それ以上に,本件イラストの著作者につき,インターネット上での画像検索その他の方法による確認・調査は実施せず(この点は,日テレも同様)。
本件番組は,令和2年4月26日午後7時~午後9時54分の間,日テレ及びその系列局により放送されたところ,本件イラストは,「X2 45歳」を著作者名として表示して,同日午後7時13分頃から約19秒間取り上げられた。

<判旨(著作権侵害に係る損害額部分を除く)>
 原告の請求を一部認容。
「本件番組は,令和2年4月26日(日曜日)午後7時~午後9時54分の間,全国32地区中30地区において放送され,平均視聴人数は1111万8000人,本件番組を1分以上見た視聴者人数は3806万7000人であった。(改行)本件番組では,本件応募フォームを通じて応募された作品中最終選考に残った23名の作品につき,制作者の作画の風景等が放送されたほか,一次選考を通過した他の88作品につき明石家さんまによる選考過程が放送されたところ,本件
イラストは後者に含まれており,本件イラストが放送された時間は,同日午後7時13分頃から約19秒であった。その際,本件イラストは,「X2 45歳」の作品として紹介されると共に,明石家さんまが,その少女漫画のようなタッチが「意外と好き」などと述べた上,45歳という年齢に関して反応を示し,司会進行担当のアナウンサーとのやり取り等の中で,「年齢で選ぶわけないやろ。アホか」,「俺のよこしまな気持ちは芸術や!」等と,笑いを取るための発言をするなどし,他の出演者も本件イラストについてコメントするなどした。
本件番組の放送終了後,本件番組で本件イラストが原告ではなく「X2」の作品として紹介されたことは,SNS やインターネット配信されたニュース等で取り上げられ,現在も閲覧可能なものが残っている。」
「原告は,本件イラストが掲載作品に含まれる本件イラスト集を出版し,即売会やオンラインストアを通じて販売している。また,本件イラストは,令和元年9月10日から「コンビニプリント」と称するサービスによりその複製物を購入し得るところ,その料金は,L 版1枚が160円,2L 版1枚が310円である。
なお,原告は,これまで約220点のイラストを制作し,本件イラスト集を含めイラスト集9冊を自費出版しており,また,原告アカウントのフォロワー数は2万5000超である。」
「・・・前提事実・・・によれば,原告は,本件イラストの著作者として,その著作権及び著作者人格権を有する者と認められる。
にもかかわらず,被告が,本件応募行為等に際し,本件データを原告に無断で複製していまじんに提供し,また,いまじんに対し本件イラストの著作者が「X2」である旨を伝えたことにより,本件番組の放送に際してはその旨の表示がされ,原告の実名又は原告筆名は著作者として表示されなかった。」
「被告は,本件イラストの著作者ではなく,また,その主張を前提としても,SNS を通じて知り合っただけの人物から同人の作品としてデータの提供を受けたにとどまる。
本件応募フォーム,とりわけ本件注意書の記載内容・・・に鑑みれば,本件番組がオリジナル作品の制作者本人による応募を前提とするものであることは容易に理解される。また,この趣旨を踏まえれば,仮に制作者本人以外の者が応募する場合であっても,応募者が制作者本人の承諾等を得た上で応募すべきことが求められることも,やはり容易に理解し得る。さらに,日テレ及びその系列局で本件番組が放送されること及び放送日時等も踏まえれば,本件番組が多くの視聴者により視聴されることも容易に予想される。
他方,昨今のインターネットをめぐる状況を踏まえると,SNS その他ウェブサイト等を通じて,他人が作成したイラスト等の画像データを入手することは事実上容易であり,また,検索サイトによる画像検索等の方法により特定の画像の制作者等を特定することは,特別の専門的知識等がなくとも比較的容易である。
以上のような事情を踏まえれば,被告は,本件応募行為等に際し,本件イラストに係る他人の著作権及び著作者人格権を侵害することのないよう,インターネット上の画像検索等の客観性を有する適切な方法により,その著作者ないし著作権者を確認すべき注意義務を負っていたことが認められる。にもかかわらず,被告は,その主張を前提としても,単に被告に本件データを提供した人物(P3)に本件イラストが同人の作品であることなどを直接電話等で確認したにとどまる。そうである以上,被告には,本件イラストに係る著作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権)の各侵害行為について,少なくとも過失が認められる・・・。」
「被告の行為は,本件イラストに係る原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権)侵害の不法行為と認められ,被告には,日テレ及びいまじんと共に,著作権(複製権,公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)侵害の共同不法行為が成立する。」
「被告は,本件応募行為等を行うにあたり,著作者として原告筆名を表示しなかったにとどまら ず,事実と異なる「X2 45歳」なる表示をさせた点で,氏名表示権の侵害態様としてはより悪質である。
また,本件番組が著名タレントである明石家さんまが出演し,その名を冠したいわゆる冠番組であることや,放送された地域的範囲,日時及び本件番組内で本件イラストが紹介された時間帯に鑑みると,多く視聴者が本件番組を視聴していたことは容易に推察され,実際,そのようなデータが示されている・・・。さらに,本件番組内で本件イラストが紹介された際,明石家さんまが,本件イラストの制作者として表示された「X2 45歳」につき,その年齢等に着目した発言をしたこと・・・等により,当該表示は視聴者に明確かつ具体的に印象付けられたことがうかがわれる。
もっとも,本件番組内で実際に本件イラストが取り上げられた時間は約19秒という短時間にとどまる・・・。また,本件番組における本件イラストの取り上げられ方は,著作者の表示の点はさておき,作品そのものについては積極的な評価を示すものであり,本件イラスト及びその著作者の社会的声望を低下させるような内容ではなかったことがうかがわれる。
これらの事情を総合的に考慮すると共に,原告と日テレ及びいまじんとの間では本件に関連する紛争が解決済みであること・・・なども加味すると,被告による著作者人格権(氏名表示権)侵害によって原告に生じた精神的苦痛を慰謝すべき慰謝料は,30万円をもって相当と認められる。」

<解説>
 今回は著名タレントがMCを務めていたテレビ番組に関する事件を取り上げています。事案そのものは然程複雑なものではなく、大要的には、被告が原告作成のイラストを番組に応募し、その際、当該イラストが原告作成によるものであることを偽り、原告ではない著作者名表示の状態で番組内において当該イラストが紹介・放送されたため、被告等による原告の専有する複製権や氏名表示権等の侵害が肯定され、原告による損害賠償請求が認められたというものです。
 このうち、今回は氏名表示権侵害の点に着目してみたいと思います。著作者人格権の侵害行為に対する著作者の救済措置については、著作権法上、刑事罰(第119条第2項第1号等)のほか、民事救済として差止請求権(第112条)や名誉回復等の措置請求(第115条)等が規定されているところ、損害賠償請求については、著作財産権侵害の損害額算定に係る特則規定(第114条以下)が整備されているものの、当該請求の根拠条文自体は著作権法には設けられておらず、民法第709条等に基づいて行うこととされています。
 今回の判決においては、氏名表示権侵害の部分につき、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料として30万円が認められていますが、慰謝料の算定については、事実審の口頭弁論終結時までに生じた諸般の事情を斟酌して裁判所の裁量によって行われるものとされており(注1)、また、それらの事情については、(交通事故訴訟での定型的な算定傾向の場合はさておき、)被害者側の事情(被害の態様、過失の有無・程度等)、加害者側の事情(加害行為の態様や目的・動機、加害行為後の態度等)、被害者・加害者の個人的属性(年齢、職業、社会的地位、財産状態等)など、多岐にわたるとされていて(注2)、
ケースバイケースの判断になるものであるところ、今回の判決においても慰謝料算定に係る事情は種々考慮されており、金額そのものについてはコメントを差し挟むところではありません。
 今回の事案において考えておきたいのは氏名表示権の及ぶ対象範囲の点です。今回の判決においては、被告が「X2 45歳」という表示をさせたことをもって、原告のペンネームを表示しなかったことよりも氏名表示権の侵害態様としてより悪質だとされており、これに引き続く判示の文脈からしても、被告による上記表示全体が氏名表示権の問題として捉えられているのではないかと推察されるのですが、氏名表示権は「X2」のみに及ぶのか、或いは「X2 45歳」全体に及ぶのか、果たしていずれが妥当なのでしょうか?
 氏名表示権を規定する著作権法第19条第1項は「著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。」という条文になっていますので、このことからすれば、氏名表示権は「著作者名(の表示)」を問題としているものであり、今回の事案でいえば原告のペンネームに代えて「X2」と表示した点が氏名表示権の侵害になるのであって年齢表示は氏名表示権の問題ではない、とするのが当該条文に則した素直な理解であるように思われます。
これに関連して、思考実験的に今回の事案を一部作り変えてみて、例えばテレビ局サイドが原告自身が応募したイラストにつき、そのペンネームを正確に表示したが、その際、実年齢を誤って45歳と表示したというような場合(「原告ペンネーム 45歳」と表示)はどうかと考えると、この場合でも、事案における重要な事情(イラストのタッチ(注4)から想起される作者のイメージと表示された作者の年齢との間のイメージギャップを捉えて番組MCが笑いのネタにして発言したこと)を踏まえると、原告サイドからみれば精神的苦痛を被る問題となり得たと思われるものの、その場合は氏名表示権の侵害では争えないものとなります。
 尤も、このような見解に対しては別の考え方もありうるところかと思われます。氏名表示権の立法趣旨は(ベルヌ条約パリ改正条約第6条の2(1)を踏まえた上で、)「著作者の創作という個人的事実によって生ずる著作者と著作物の人格的不離一体性に着目し、その人格的利益を保護するために、著作者がその著作物の創作者であることを主張する権利を認める趣旨に出たもの」(注3)とされており、著作者名の表示というのは、ある著作物と、それを創作した特定人たる著作者との紐帯としての機能・役割を担っているものと解されます。
この考え方を少し言い換えると、著作権法は著作者の人格的利益を確保する方途の一つとして、著作物と著作者との紐帯的機能を担保し、そうした結びつきの遮断・破壊行為を防止すべく、これを第19条において法定しているところ、それを氏名表示権として具体化している理由は、一つの著作物を見た時にそれを誰が創作したのかについて、これを特定する機能を最も端的に発揮するのは著作者名だからだということなのであり、第19条第1項に規定する権利の侵害は勿論著作者名の表示の在り方を問うものでなければならないが、同条項に係る上記の趣旨(結びつきの遮断・破壊の防止)に鑑みると、著作者名の表示が創作者の望む形にはなされていない場合においては、それと一体的に表示される創作者を特定するための関連情報の表示についても同条項の対象となり得るとして、氏名表示権の適用解釈に係る一定の柔軟化を志向した説明が成立し得るようにも思われます。
 この点をどのように考えるかについてですが、思うに、氏名表示権の保護が及ぶ範囲が著作者名を著作者の望む通りに表示した場合とそうでない場合とで変わり得るというように捉える見解は第19条第1項の文言から乖離しますし、著作者の望まない著作者名表示と一体的に表示されて氏名表示権侵害の点を問うに足りる創作者特定に係る副次的個人情報の範囲をどこまで認めるか(例えば、一般的には受容されにくいような食嗜好に関する情報を提示している場合はどうかなど)といった条文解釈論の不安定化を招来する問題が発生すること等を考えると、氏名表示権の及ぶ範囲については条文通りに著作者名の表示の在り方をもって画することとし、創作者特定に係る情報として(著作者名以外に)付加されているものについては氏名表示権の問題とは切り分けて評価すべきではないかと考えます。今回は以上といたします。

(注1)最判平成9年5月27日民集51巻5号2024頁
(注2)能美善久=加藤新太郎編『論点体系 判例民法<第3版>8』55頁[中原太郎]
(注3)加戸守行『著作権法逐条講義七訂新版』176頁
(注4)今回の判決の別紙として、原告イラスト目録を参照。

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