JRRCマガジン No.145 入れ墨の著作物性

半田正夫

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JRRCマガジン No.145  2018/9/20
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酷暑もようやく静まりを見せ、秋の気配が感じられる季節
となりました。
皆様におかれましては、年度後半に向けてますますご活躍
の時期かと存じます。

まずはこのところご案内が多く、皆さまにはメールチェック
のお手間をいただいておりますこと、お詫び申し上げます。
ただ、当センターにおきましては、通常の連載のほか、
電子化許諾等、大きな動きのある時期でもあり、様々な
情報をお送りすることについて、ご容赦いただければ幸いです。

さて、
今回の半田正夫弁護士の著作権の泉は「入れ墨の著作物性」
についてです。

◆◇◆半田正夫弁護士の著作権の泉━━━━━━━━━━━

第61回 「入れ墨の著作物性」

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今年ロシアで行われたサッカーW杯は世界中の若者を興奮のなかに
巻き込んで、めでたく終了した。とくに日本チームの活躍もあって、
日ごろは無関心の筆者も、夜遅くまでテレビにかじりつき一喜一憂
したものであった。
 テレビを観ていて気付いたのは、選手のなかに腕や足に入れ墨を
施している者が多かったことであった。選手ばかりでなく観衆のな
かにも入れ墨者が非常に多いことに目を奪われた。いまから30年ほ
ど前に筆者はミュンヘンに一時期住んでいたことがあったが、その
時にも入れ墨をしている人をみかけ、気になっていたが、今回のW
杯の場合はその当時より何十倍もの多くの人が入れ墨を施している
ようで、いまやひとつの文化現象にまで達しているのかもしれない。
筆者が子どものころ、銭湯に行くと、一面に倶利伽羅紋々の見事な
入れ墨を施している若者をみかけることがあった。大人たちからは
「あれは普通の人ではないから、近づかないほうがいいよ」といわ
れ、遠くから恐る恐る見たものであった。当時は入れ墨者イコール
暴力団または与太者といった風潮が支配しており、それがいまでも
続いていて温泉などで「入れ墨者お断り」の張り紙を出していると
ころもあると聞く。それだけ日本社会においては毛嫌いされている
ようだ。だが、欧米の影響でわが国においてもしだいにタトゥー文
化が浸透してくるのかもしれないと思わざるをえない。

 ところで、人間の肌に描出された入れ墨にも著作物性があるのだ
ろうか。通常、絵画は紙、板などを材質として用いこれに描くもの
であるが、人間の肌も材質の対象とすることは可能であるので、理
屈のうえではそこに創作性があれば著作物として認めてもよさそう
であるが、使われた表現材料が生身の人間であるだけにちょっと厄
介である。
 それはともかく、入れ墨の著作物性について判断した判例が1件あ
るので、これを紹介しよう。
 Y1は、彫物師であるXに依頼し、左大腿部に入れ墨をいれてもら
ったが、その絵柄についてはY1の希望を受けたXが「日本の仏像
100選」(主婦と生活社刊)のなかから、滋賀県にある向源寺観音
堂の十一面観音立像の写真に倣うことにし、仏像の上半身だけに限
定し、しかも写真とは逆の左向きにして、さらにより穏やかな表情
にすることにした。
 
 ところで、Y1は、その後、苦難や病気を乗り越えて行政書士試
験に合格するまでの自己の半生記「合格!行政書士南無刺青観世音」
をY2社から出版することとしたが、その際、表紙カバーおよび表
紙扉に、Xに無断でセピア色に変色した本件入れ墨の画像を複製し
て掲載し、またYらは、各ホームページ上に本件書籍の表紙カバー
の写真を掲載した。このことを知ったX は、本件下絵の作成、輪
郭線、描線、ぼかしの墨入れにおいて、施術者固有の創作性、高
度の創作性ありとして、本件入れ墨の著作物性を主張し、Yらの行
為はXの著作者人格権等を侵害するものであるとして損害賠償を請
求したという事件である。この事件において、東京地裁は平成23
年7月29日の判決(判例集未登載)において本件入れ墨の著作物
性について次のように述べている。
 「本件入れ墨・・・・は、本件仏像写真をモデルにしながらも、
本件仏像の胸部より上の部分に絞り、顔の向きを右向きから左向き
に変え、顔の表情は、眉、目などを穏やかな表情に変えるなどの変
更を加えていること、本件仏像写真は、平面での表現であり、仏像
の色合いも実物そのままに表現されているのに対し、本件入れ墨は、
人間の大腿部の丸味を利用した立体的表現であり、色合いも人間の
肌の色を基調としながら、墨の濃淡で独特の立体感が表現されてい
ることなど、本件仏像写真との間には表現上の相違が見て取れる。
 そして、上記表現上の相違は、本件入れ墨の作成者であるXが、
下絵の作成に際して構図の取り方や仏像の表情等に創意工夫を凝ら
し、輪郭線の筋彫りや描線の墨入れ、ぼかしの墨入れ等に際しても
様々の道具を使用し、技法を凝らして入れ墨を施したことによるも
のと認められ、そこにX の思想、感情が創作的に表現されていると
評価することができる。」と判示し、本件入れ墨の著作物性を肯定
している。そうえで、Xの主張した公表権の侵害については、本件
書籍以前に本件入れ墨の写真をXが他の雑誌に掲載することを認め、
それが公表されているところから、未公表の著作物について認め
られる公表権の侵害の事実はないとしてこれの主張を斥けたもの
の、氏名表示権と同一性保持権の侵害の主張についてはこれを認
めている。
 この事件はかなり特殊な事件であるから一般化して論ずることは
適当ではないが、入れ墨に著作物性を認めたとしても、その効用は
かなり限定的なものにならざるをえないと思われる。なぜなら、
入れ墨が表現されている材質が生身の人間の肌であるところから、
彫り物師が著作権を有するとしても、入れ墨を施された者の人格を
尊重しなければならず、無断で利用することはプライバシーの権利
などの人格権の侵害となるおそれがあるからである。
そのうえ、人間の肌は年齢とともに劣化していくものであるから、
施術を施したときは色鮮やかで張りのある見事なものであっても、
いずれは色褪せて、皮膚とともにしわしわとなってしまうことが
必至であることを考えれば、美術の著作物として保護することにど
れほどの意味があるかは疑問である。

 戦時中、旧制中学に入ったときに、たしか漢文の授業であったと
思うが、「身体髪膚これを父母に受く。あえて毀傷せざるは孝の始
まりなり」という孔子のコトバを習ったが、いまこれを思い出し、
時節の移り変わりを痛切に感じている昨今である。

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