JRRCマガジン第44号(法定賠償制度)

山本隆司

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   JRRCマガジン No.44 山本隆司弁護士の著作権談義
                 第39回「法定賠償制度」
                                2016/1/22配信
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皆様、こんにちは。
JRRCメルマガ担当です。

年末からお正月にかけて、暖冬が続いていましたが、一転、
今週月曜日 全国的に天気が荒れましたね。
東京地方も降雪による交通機関への影響が著しく、
なかなか職場へたどり着かない。。。週の始めからどっと疲れてしまった。。。
という方が多かったのではないでしょうか?

さて、
JRRCマガジンリニューアル第2弾は、
好評の山本隆司弁護士の著作権談義、
『第39回 法定賠償制度』
をお送りいたします。

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山本隆司弁護士の著作権談義 第39回 法定賠償制度

先日大筋合意されたTPPにおいては、著作権および隣接権の侵害に対して、締約国
が法定賠償制度または懲罰的損害賠償制度を定めることを規定しています(第18.74条6)。

今回は、この問題について検討したいと思います。

 第1に、法定賠償制度または懲罰的損害賠償制度が義務付けられているので、
いずれか一つを定めればよく、日本の場合、たとえば法定賠償制度のみを定めれ
ば、条約上の義務の履行となります。

 第2に、TPPでは懲罰的損害賠償制度を「additional damages」と規定しており、
現実損害を填補する以上の賠償額を認めるものを意図しています。
日本では、懲罰的損害賠償は、民事法秩序と刑事法秩序を区別する我が国の法原則
に反し公序良俗を害すると考えられており(最判平成9年7月11日民集51巻6
号2573頁)、日本法上導入することはできません。
したがって、日本がTPPに大筋合意したのは、法定賠償制度を日本に導入すること
によってこの規定を履行することを予定したものと思われます。

 第3に、TPPでは法定賠償制度を「権利者が選択可能な既定額の損害賠償」と規
定しており、また、その金額は「侵害によって権利者に生じた損害を填補するに十
分でありまた将来の侵害を抑止する観点から定められなければならない」と規定さ
れています(第18.74条8)。

 現実損害の填補を目的とする現在の損害賠償制度には、弁護士としての実務的経
験から見て、いくつかの問題があるように思います。
すなわち、現在の制度は、現実損害の填補を目的としていながら、現実損害の填補
にさえ、不十分だという問題があります。

 その理由の一つは、損害賠償に侵害者が応じなければ、裁判所に訴えを起こさな
ければなりませんが、裁判にかかる費用を考えれば、およそ100万円以上の損害
賠償額の案件でなければ、費用倒れに陥ります。裁判に勝てば弁護士費用の賠償も
認められます。しかし、たとえば100万円の損害賠償額の案件では、弁護士費用
として10万円程度の賠償が認められますが、実際に弁護士に払う費用は100万
円程度かかりますから、その差額90万円は権利者の持ち出しとなります。
したがって、100万円以下の損害賠償案件は現在の法制度上は救済を受けられな
いという現実があります。つまり、填補賠償といいながら、現実には発生した費用
の全額を填補する制度とはなっていません。つまり、零細侵害については侵害し得
の現象が生じています。そこで、かかる零細侵害に対する救済として、損害賠償の
最低保証額(たとえば著作物1件あたり10万円)を定めるという法定賠償を検討
する余地があります。

 もう一つの理由は、立証責任の負担です。ライセンス契約では、通常、ライセン
シーに製造販売数量の報告義務を課し、監査権限を認めさせています。この規定に
よって、権利者側はライセンシーによる製造販売数量を容易に把握できます。
ところが、単なる侵害者には、ライセンス料率以上の損害賠償を求めることは通常
できませんが、製造販売数量の報告義務や監査権限を認める契約関係がないので、
権利者は侵害者による製造販売数量を十分には立証できません。ここに、侵害し得、
正直者のライセンシーが馬鹿を見る、という現象が生じています。そこで、かかる
立証責任上の問題に対する救済として、権利者が立証した数量の2倍を損害賠償の
基礎となる製造販売数量として推定する効果を与え、侵害者にその推定を覆す立証
責任を負わせるという法定賠償を検討する余地があります。

 なお、TPPが規定している法定賠償は金額を定めることが要件になっているので、
立証責任を転嫁するという法定賠償制度だけではTPP上の義務の履行にはなりません。
しかし、TPPの提起した問題を契機に、損害賠償制度の問題点を抜本的に見直して、
積極的に制度整備に図ってほしいと思います。
以上

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