JRRCマガジン第38号 連載記事

半田正夫の著作権の泉

~第26回 東京五輪エンブレム問題~

 2015年7月24日、東京都は東京五輪・パラリンピックの公式エンブレムを発表した。決まった作品はアートディレクター佐野研二郎氏の作成したもので、オリンピックのエンブレムはTOKYO, TEAM, TOMORROWの「T」をイメージし、パラリンピックのそれは普遍的な平等の記号「=」をイメージとした作品となっており、発表の際にはそのように説明されていた。ところが、これが発表されるや、五輪の「T」のデザインがベルギーのリエージュ劇場のロゴマークに似ており、パラリンピックのほうもスペインのスマートフォンの画面用の「壁紙」に似ているとの疑いが生じるにいたった。そしてこのうち、リエージュ劇場のほうが、国際オリンピック委員会(IOC)を相手取ってエンブレムの使用差止めの訴えを地元裁判所に提起し、これが受理されたとのニュースが伝えられた。この報に接した佐野氏は盗作の事実は全くないと否定しているが余波は続く。佐野氏がデザインを監修したサントリービールの景品であるトートバッグの絵柄30種のうち8種が佐野氏のスタッフが第三者のものをトレースしたとのことで謝罪する事態が発生し、さらに彼の事務所が関わった東山動植物園のシンボルマークがコスタリカの国立博物館のロゴマークに類似しているとの指摘がなされるに至っている。このようなことから、東京五輪のエンブレムの製作にあたってもかなりの疑惑が生ずるにいたったのも無理はないといえるかもしれない。もちろん彼自身は、五輪エンブレムについてはスタッフの手を借りずに自分自身が作ったものであると主張しており、その当否は裁判所の結論待ちということになろう。

 ところで、著作権の領域においては似てる・似ていないで争われるケースは非常に多い。しかし法的にいうならば、Aの作ったものとBの作ったものとが100%同じであったとしても、それだけでは著作権の侵害とはならないのである。著作権の成立には無方式主義が取られており、登録などの法的手続きはいっさい不要であるからである。この点、同じ知的創作物であっても発明などにおいては方式主義が取られていて、登録をしなければ権利が発生しないのとは大きく異なる点である。発明の場合、先願主義が取られており、先に出願した者が登録することができ、そしてこの者のみが権利を取得するのである。これに反し、著作権の場合はこの手続きが不要であるところから、創作性があるかぎり著作権が二重にも三重にも発生することはあり得るのである。もちろんそれは創作性のある場合だけであり、他人のものを無断で使用したという場合に著作権が成立するわけではない。製作の日時に先後関係があった場合には後の作品は前の作品を真似て作ったこともおこりうるからである。そこで、裁判においては、著作権侵害を主張する側(先行する著作物の著作権者)が自分のものが後行の作品に盗まれたあるいは真似されたことを積極的に立証する責任を負わされており、これを行わなければならないことになる。しかし、このためには、後行の作者が先行の作品の存在を知っていたこと、そしてそれに依拠したことを証明しなければならないが、これはなかなかに難しい問題である。後行の作者は、「知らぬ・存ぜぬ」を主張するであろうからである。一番始末に悪いのは、かつて一度見聞きしたことはあるが、本人自身その記憶を失念しており、作品を作る際に、脳のヒダにこびりついていたその記憶がよみがえって自分自身が考え付いたものだと思いこんで作られたという場合である。客観的には盗作であろうが、本人はまったくそれを自覚していないのであるから、他人が盗作であることを証明するのは至難のわざということになろう。本件がそのようなケースであるのか否かは今後の判断にまつしかない。

 ところで、東京五輪は、その主会場となる国立競技場の建設をめぐり、当初の設計案が膨大な建設費がかかることから白紙撤回されたが、そこにもってきて今度はエンブレム問題である。ケチのつき続けるこの五輪がはたして国民に祝福されたイベントになりうるのか、どこかでお祓いしてもらったほうがいいのかもしれないと思えるほどだ。
(8月21日 記)

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山本隆司弁護士の著作権談義

~第34回 写真の著作者~

私の携っている事件で、最近、おもしろい論点が提起されました。ヘアスタイルの専門誌に掲載された写真を、被告が自分の雑誌に無断掲載した事案です。原告は、写真の著作権を写真家から譲り受けていました。被告は著作権侵害を否認して、「ヘアスタイルを撮影した写真の著作者は、ヘアスタイリストであり、写真家ではない。したがって、原告は当該写真の著作権を保有していない」と主張しました。この主張は、①ヘアスタイルは著作物たりうるか、②ヘアスタイリストはヘアスタイルを撮影した写真の著作者たりうるか、という論点を含んでいます。
 最初の、ヘアスタイルは著作物たりうるか、という論点は、応用美術の著作物性が問題となります。ファッションショー事件・知財高裁平成26年8月28日判決は、ヘアスタイルの著作物を論じています。その事件の原告は、ファッションショーの各構成要素について著作物性を主張しました。そのなかには、モデルの化粧や髪型のスタイリングも含まれていました。これについて判決は、「美的鑑賞を目的とするものではなく,また,実用目的のための構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握できるものでもないから,美術の著作物に当たるともいえない」と判示して、著作物性を否定しました。他方、応用美術の著作物性については、この判決とは異なるアプローチを採る判決が最近登場しました。前々回にご紹介したイス事件・知財高裁平成27年4月14日判決です。この判決は、「実用目的のための構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握できるもの」をいう分離可能性の要件を不要としました。したがって、イス事件のアプローチを採れば、ありふれたヘアスタイルでなければ著作物性が認められるでしょう。
 つぎの、ヘアスタイリストはヘアスタイルを撮影した写真の著作者たりうるか、という論点は、写真における表現の要素が何かが問題となります。この問題のリーディングケースは、スイカ事件・東京高裁平成13年6月21日判決です。この判決と同旨のスメルゲット事件・知財高裁平成18年3月29日判決は、「写真は,被写体の選択・組合せ・配置,構図・カメラアングルの設定,シャッターチャンスの捕捉,被写体と光線との関係(順光,逆光,斜光等),陰影の付け方,色彩の配合,部分の強調・省略,背景等の諸要素を総合してなる一つの表現である。」と判示しています。ヘアスタイルを撮影した写真については、被写体であるヘアスタイル自体は、ヘアスタイリストが創作しますが、写真への被写体の選択・組合せ・配置は写真家が行います。したがって、ヘアスタイリストは、ヘアスタイルを撮影した写真の著作者ではないと考えられます。
 なお、派生的論点として、ヘアスタイルを撮影した写真は当該ヘアスタイルの二次的著作物であるか、という論点があります。仮にヘアスタイルに著作物性が認められるとすると、写真には当該ヘアスタイルが複製され、写真家の創作性が付加されているので、当該写真は当該ヘアスタイルの二次的著作物と考えられます。そうすると、当該写真の利用には、原著作物たるヘアスタイルの著作権者の許諾が必要ということになります。

以上

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