JRRCマガジン第30号 連載記事

半田正夫の著作権の泉 

~第18回 歌会始事件~

この稿が掲載されるのは、おそらく正月間近と思われるので、少し先取りして新年に相応しい内容を1つ紹介したい。それは「歌会始」事件である。この事件についてはすでに私が他の本で述べている(拙著『著作権の窓から』法学書院刊)ので、そこでは触れていないことを交えて紹介することにしよう。

「歌会始」というのは周知のように古くから続いている宮中の正月における伝統的な行事の1つである。前年に御題、つまりテーマが宮内庁から公表され、広く一般から応募された短歌が選者によって厳選される。そして選び抜かれた10編の作品が、歌会始の当日、天皇、皇后両陛下の前で披露され、さらに召人、皇族の順で作品が披露されたのち、天皇陛下の御製が公表されるというもので、歌詠みにとっては大変名誉なこととされている。そのためか応募作品は数万点にも及び、海外からの応募も多数あると聞いている。

この伝統ある歌会始に汚点がついたことがある。
いまから50年以上前の、昭和37年1月、歌会始の入選作が宮内庁から発表された。そのなかに倉敷市のI氏作として、「夜を学ぶ生徒らはみな鉄の匂ひ土の匂ひを持ちて集ひ来」というのがあった。おそらく御題は「土」ではなかったかと思われる。これが新聞報道されると、さっそく、長野県伊那市のT氏からクレームがついた。
T 氏の言によると、その前年、彼が某週刊誌の歌壇欄に投稿して掲載された作品と酷似しており、I氏の作品は私の作品の盗作に違いないというものであった。そしてその証拠として彼はその掲載誌を提示したのである。新聞社で2つの歌を比べてみると、両者の違いは、I氏の作品では「ら」となっているところが、T氏の作品では「等」となっており、またI氏のでは「匂ひ」・「集ひ」となっているところがT氏のでは「匂い」・「集い」となっているところだけで、あとはまったく同じであった。T氏のクレームに対しI氏は歌会始の入選作は自分の創作であり、似ているのは偶然にすぎないのであって、言いがかりも甚だしいと反論したのである。だが、新聞社の調査によると、I氏はその週刊誌を当時講読していたことが明らかとなり、限りなくクロに近い印象を与えることになった。その結果、I 氏は盗作を否定しながらも入選を辞退し、これを受けて宮内庁は、「当人が入選を辞退したので、これ以上自作か盗作かを追及しない。伝統ある歌会始にこうした汚点をつけたことは天皇陛下にも国民にも申し訳ない。今後はこういう点を十分検討していくが、こうした行事は国民の善意と良識の上に成り立つもので、こんなことがあったからといって最初から疑ってかかるようなことはしない」という趣旨の長官談話を発表して、うやむやのうちにケリがつけられた。

この事件はこれで終わったが、余波はまだ続く。調査の結果、前年の入選作にも盗作と思われる作品が発見され、さらに昭和37年の盗作事件を契機に宮内庁では応募要項を厳しくし、盗作を予防するための諸施策を講じたにもかかわらず、翌年にはまた盗作と考えられる作品が現れるなど、歌会始は御難続きとなったのである。

この事件を契機に、マスコミが著作権問題に関心を示し、盗作、あるいは盗作とおぼしき事例が相次いで紹介されるようになり、著作権の重要性を一般に認識させるきっかけとなったことは「歌会始」事件も一定の意味があったということになるのかもしれない。

ところで話はかわるが、私がこの歌会始の行事に参加したことが実は一度ある。もちろん歌詠みとしてではなく、当時私は某私大の学長をしていたという縁で、私大代表という形で陪席者のひとりとして招待を受けたものである。皇居に入るのは生まれて初めての経験であり、得難い経験をいくつかさせていただいたが、そのなかでとくに印象の強かったことを一つだけ紹介したい。

歌会始の儀式がつつがなく終わり、天皇陛下はじめ皇族方が退出したあと、われわれ陪席者は別室に通される。そこには長いテーブルが列をなして並べられており、各自の席にしつらえた盆の上には大きな皿にかまぼこ、田作り、きんとん、黒豆などおせち料理があり、横には土産用の箱(のちにそれがどら焼きであることを知る)とその上に紙ナプキンが置かれているのが目に入った。ただ椅子はどこにも置かれていないのである。酒は職員が注いでくれるので立ったまま飲むことができるが、黒豆などを立ったまま食べるのは至難の業で苦労していると、周りでにわかにガサガサと音がする。見ると、陪席者はビニールのフクロを取り出してそれに詰めているではないか。そこで、「天皇陛下から下賜されたものは自宅に持って帰って家族で食べるべきで、ここで食べてはいけないのだ」と合点がいったのであるが、そんな慣例があるとはつゆしらない私としてはもちろんフクロの持ち合わせがなく途方に暮れたのである。だが、よくみると、卓上の紙ナプキンの下にフクロがちゃんと置かれているではないか。ホッとしてこれに詰め込むが、フクロは1つしかないので、おせちをすべてこれに入れなければならない。詰め込んで上をギュッとしばると、なんのことはない生ごみ風になってしまうのである。この作業を終わった陪席者は礼装のままこの生ごみを恭しく捧げ持って、しずしずと退席するという仕組みであったのである。

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山本隆司弁護士の著作権談義

~第26回 米国議会下院公聴会~

今回も、米国議会下院司法委員会の「裁判所、知的財産及びインターネットに関する小委員会」における公聴会での議論をご紹介します。2013年11月19日に開かれた「革新的ビジネスモデルの登場-デジタル時代におけるコンテンツの配信方法-」をテーマとする公聴会での議論です。
この公聴会は、技術革新がビジネスモデルを変革し、消費者の需要がどのように変わってきたかについて、4人の証人を招きました。
最初の証人Paul Misener氏は、アマゾン社の国際政策担当の副社長です。証人によれば、世界中の人が買いたいと思うものをオンラインで買えるようにすることがアマゾンの使命です。1995年のアマゾン創業当時は、販売していたコンテンツは紙媒体の書籍だけでしたが、1998年には、音楽CDや映画のDVDやビデオの販売を始めました。2007年には、書籍、音楽、映画をデジタル配信するサービスを始めました。デジタル配信により、市場は急拡大しています。たとえば、キンドルを持つ消費者は、紙媒体よりも4倍電子書籍で本を読みます。また、デジタル配信の登場により、出版者の手を借りることなく誰でも出版できるようになり、自分で撮ったビデオを配信できるようになりました。さらに、アマゾンは、アマゾンウェブサービス(AWS)というクラウドサービスを提供しており、消費者は、購入したコンテンツをどこででもどの機器ででも視聴できます。最後に、著作権法制について、証人は、ライセンスを一括取得できる強制許諾制度の導入と、コンテンツ使用に萎縮効果を与えている法定賠償制度の制限を求めました。
第2の証人John McCoskey氏は、米国映画協会(MPAA)の執行副社長兼主席技術担当役員です。証人によれば、MPAAは、ビデオを視聴できる選択肢をできるだけ多く消費者に提供できる環境作りを目指しています。すでに広くインターネットやケーブルで映画が配信されています。MPAAは、どこで映画コンテンツを入手できるかを見つけることができるよう、ワンストップショップとしてのウェブサイト(wheretowatch.org)を開設しています。また、DVDなど映画コンテンツを購入した消費者に対して、当該コンテンツをどこからでもダウンロードできる無料のロッカーサービス(Ultra Violet)を提供しています。Ultra Violetを介して消費者は、購入した一つの映画コンテンツを、最大5つのアカウント、12の機器で映画コンテンツを視聴できます。最後に、著作権法制について、証人は、デジタル環境において映画の影響が成功しているのは、米国の著作権法が映画の製作と頒布への投資を促進することに成功していることを示していると指摘しました。
第3の証人Sebastian Holst氏は、PreEmptive Solutions社の執行副社長兼主席戦略担当役員です。証人によれば、技術革新の中でも、スマートフォンほど、消費者に素早く受入れられたものはありません。スマートフォンの普及によりアプリの開発と販売の仕方が劇的に変化しました。アプリケーションソフトの開発と販売は、かつてはパッケージで多くの中間業者を経て販売していましたが、いまではアプリショップで開発者が直接消費者に販売できます。また、重要な革新技術であるアプリケーション解析学の登場により、開発者は、消費者動向を捉え、求められるアプリを開発することができます。最後に、証人は、著作権法には、革新を促進することと、関係者に公平であることが求められると指摘しました。
最後のDavid Sohn氏は、Center on Democracy and Technologyにおける著作権・技術プロジェクトの担当部長です。証人は、市場における著作物に対する消費動向として、第1に、オン・デマンド化、第2にモバイル化、第3に消費者自身による創作行為の登場を挙げます。証人によれば、配信のビジネスモデルと技術の革新がこの動向に火を付けましたが、消費者の需要を満たすには、著作物を無料で適法に入手できる方法を開発する必要があります。証人は、そのために、著作権法512条のセイフ・ハーバー、フェア・ユース、法定賠償の制限、非営利的私的複製の適法化、著作権法の簡明化を進めるべきであると指摘しました。
のちの質疑において、最初の証人Paul Misener氏は、法定賠償制度の制限として、悪意のある侵害にその適用を制限すべきであると主張しました。また、議員から、著作権法512条のセイフ・ハーバーの問題点として、侵害サイトを見つけて通知によって削除されても、すぐに代わりの侵害サイトがいくつも登場する実態の指摘がありました。

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JRRCなうでしょ 第18回

こんにちは。
JRRC事務局長の稲田です。
早いものでもうクリスマスが過ぎ、年末最後の勤務となっている方も多いと思います。
読者の皆様にとってこの1年はどうでしたか?
私にとっては、この1年、セミナー講師として利用企業の皆様に講演し、かつ著作権に関する様々なご意見、ご質問をいただく機会ができ、大変有意義な1年でした。
今後も、著作権の啓発事業として更に一層内容を充実させ、皆様のご期待に沿えるよう
チャレンジしていきたいと考えておりますのでどうぞよろしくお願いいたします。
それでは12月号の最初のお知らせです。
JRRC恒例の第6回著作権セミナーを、2015年2月20日(金)に有楽町朝日ホールで開催することが決定しました。
今回は、基調講演に著作権業界の重鎮として著名な、新潟大学名誉教授で虎ノ門総合法律事務所所属の弁護士である齊藤 博先生に、「著作権法の変遷」と言うテーマで講演をお願いし、実務的なお話を特別講演として、インフォテック法律事務所の弁護士である山本隆司先生に「著作権侵害の事例とその対策について」と言うテーマで講演をお願いしています。
齋藤先生は、文化庁文化審議会著作権分科会の会長を務められた著作権のエキスパートであり、山本先生は同じく文化審議会著作権分科会臨時委員でもあります。
お二人の講演は、著作権に興味のある皆様にとっては、聞き逃すことのできない貴重なお話になると思います。
詳細につきましては、メルマガ読者の皆様に優先受付のご案内を、来年1月中旬に発信する予定でいます。
どうぞご期待ください。

次は、年末年始の業務のお知らせです。
JRRCでは、12月26日(金)15時をもちまして、年内の業務を終了させていただき、新年は1月5日(月)9時30分から業務を開始する予定ですのでよろしくお願いいたします。

最後に、先月号でメルマガ読者を対象に、半田正夫理事長と山本隆司弁護士による寄稿文
を掲載した小冊子のプレゼントのお知らせを載せたところ、30名をはるかに超える読者の皆様からの申し込みがありました。
たくさんの申し込みを有難うございました。
来年は、続編として実務者のためのコラム集Ⅱを発行する予定でいます。
今後もJRRCでは、読者の皆様に有意義な情報を提供していけるよう、事務局一同努力していく所存ですので、読者の皆様のご支援とご協力をどうぞよろしくお願いいたします。
それでは、本年は読者の皆様に大変お世話になりました。
皆様にとって、素晴らしい新年をお迎えすることができるよう祈念しています。
以上12月号JRRCなうでした。

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